児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
ドイツ・バイエルン州議会選挙 AfDの躍進は確かだが、第2党は同じく躍進した緑の党 多党化現象とバランス思考

 本学公開講座で、中村登志哉名大教授をお招きして、ドイツのポピュリズムの政治動向で講演いただいたことは書いた。

 以下がそれだ。

 選挙での最大の勝者はAfD反EU極右勢力の「ドイツのための選択肢党」である。ゼロ議席から22議席を得た。ゼロから一挙に10%程度を得たということでは、2014年の欧州議会選挙の再来ともいえる。

 もっともこれには後述のごとく、注意がいる。

 最大の敗者は、キリスト教社会同盟(CSU)といわれる。長く議席の安定多数を得ていたが、今回、過半数をはるかに割り込み、18減の83。メルケルの移民歓迎政策にノーを つきつけた形だ。

 しかし、実際の敗者は、社会民主党(SPD)というべきである

 前回SPDは42議席でCSUについで第2党だったが、こちらは得票率が半減し、10%を切り、20議席減。議席数でAfDに並ばれ、得票率ではAfDの後塵を拝し、第5党に滑り落ちた。実に、こちらが今回の州議会選挙での最大の敗者というべきだろう。

 この2大政党以外で言えばAfDの歴史的躍進の陰で、日本のメディアで報じられていないのが、38議席となった緑の党。20議席上乗せして第2党に躍り出た。実はこれがAfDとならんで最大の勝者ということである。ちなみに連邦議会(下院)では、第7位で、709議席中67で、議席占有率は9%。

 緑の党は反EU、反移民主義とは真逆の人権と環境保護政党であり、AfDとは対照的な政党である。

 CSUへの不満の受け皿となったのがAfDとすれば、SPDの不満の受け皿となったのが、この緑の党ということができる。AfDの事前の躍進の報道が、危機感を生み、中道左派であるこの党の大健闘となったということができる。ドイツ内部での政治のバランス感覚をみる。

 その他の政党を書けば、地域政党で財政保守派の自由投票党FWは19から8議席増え27議席で第3位。さらに独自民党FDPも前回ゼロから11議席。

 この選挙結果から言えることはなんであろうか。

 CSUの大敗といわれてきたが、言われてきたほどには下げていない。危機ばねで下げ止まったということだろう。 むしろSPDの大敗が目立つ結果だ。

 SPDについていえば、中央政界でいわれるように、連立与党となることで、対立軸を失ってきたと有権者に見られていることが言える。

 また、反移民難民を掲げる極右AfDの独り勝ちということではおよそない。

 保守的なバイエルンだが、今回は、ADの進出の予想に危機感を抱いた有権者も多く、確かに保守党は議席を減らしたが、緑の党が躍進し、右傾化現象とばかりでは説明がつかない。むしろ、多党化現象というべきであり、有権者はバランスをとったということだ。

 もとより、メルケルの長年の姉妹政党であり、フィナンシャル・タイムズが伝えるように、バイエルン州議会で多数派だったCSUの得票率が35.5%と、1950年以来の低さとなったことは特筆すべきであり、メルケル政権に打撃となることは確かだ。

 AfDについては、旧東独領での地域政党を旧西独に広げるということでは、私は全く支持していないが、画期的である。ただし注意すべきは、中央政界レベルで、どの政党もAfDとは組まないといっている。

 それがゆえに、この党、拡大し成功しているとはいえ、その政治的影響力では、即ドイツ政治が激変するということでもない。それを指摘しておこう。

 それにしても、政権政党も経験してきたドイツ社民の凋落は如何ともしがたい。これは8か月先に迫った欧州議会選挙結果をも占うものと思われる。

 SPDの凋落についてはEU政治の専門家の私にとっても重要事項であるが、詳細はドイツ政治の専門家の分析を待ちたい。

 EUとの関係で一点指摘するとすれば、メルケル与党が揺らげば、EU政治における重しが揺らぐことを意味する。

 来年5月の欧州議会での最大会派欧州人民党の優位を揺るがせる可能性もある。欧州議会第2党の欧州社会党S&Dの行方もあるが、不透明感が強い。

 欧州議会選挙は比例制ゆえ、劇的に政党構成が変わることはあまりないのだが、ブレグジットで英労働党が抜ける可能性が限りなく高くなっている今、欧州人民党が欧州社会党と2大政党でタッグを組んで統合を推進してきたかつての強固な状況は期待しがたい。

 欧州議会レベルでは、ハンガリーのオルバンのフィデス(ハンガリー市民同盟)さえも組み込んでいる欧州人民党の右傾化もある。 

 それゆえ、バイエルンの州議会選は単に州の選挙ではあるが、EU政治の不透明さを一程度推し量る鏡となる。

 結論を言えば、メルケルCDU/CSUを盟主とする欧州人民党と、欧州社会党の欧州議会での相対的地位の低下の予兆を感じさせるものである。

参考記事

独バイエルン州議会選:連立与党CSUが大敗、メルケル政権に打撃 ブルームバーグ2018 10/15

[FT]独バイエルン州議会選、緑の党とAfDの勢い加速 2018/10/15 14:21日本経済新聞 電子版

  

| 児玉昌己 | - | 17:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
最低気温12度に それを詠む 海鳴庵児玉

あの異常なる猛暑の日々も幻かというほど 深夜は12度まで下がるとの予報  

 

 脳天を 焼く日は遠く 過ぎさりて 綿入れ恋し 夜半(よわ)の月観で

 

 意識せず 便座に座り 飛びあがり 知るや今宵の 違う寒きを 

                            海鳴庵児玉

参考 2018年海鳴庵歌集

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4392

| 児玉昌己 | - | 00:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
An interesting story about the College of Europe at Bruges Belgium.

An E-mail message recently arrived from the the Alumni Association of  the College of Europe with an invitation to attend to the 2019 Anniversary Dinner.
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It is difficult to believe that it is already so many years since I graduated from the College.

How quickly time flies by!
Upon entering the College, each new academic year is given a name, When I look at the names given to those who graduated 35, 40, 45, 50, 55, 60 and 65 years ago it reads like a litany of historical and inspirational European figures:
Jean Rey (35), Paul-Henri SPAAK(40), Giuseppe MAZZINI(45), Konrad ADENAUER(50), Thomas PAINE(55), Fridtjof NANSEN (Arctic explorer 60) and Erasmus (65).

The class name for my year was Jean Rey.

He was President of the European Commission at the end of the 1960s. His name, is perhaps, for many people lost to history (excluding his homeland of Belgium) but for me his name will always be associated with such joyous memories and a period of my life when I had the privilege to study the EU up-close (at that time more generally referred to as the European Community) and build long-lasting friendships.

It is amazing to think that for those celebrating their 65th graduation anniversary, the average age of the students is around 90-years old. I wonder if I will be lucky enough to receive an invitation on my 65th anniversary or will I already be in another world?


欧州大学院大学の同窓会招待について2018.10.9で書きましたが、欧州大学院大学同期生や海外の友人も多いので、英文を付します

 

| 児玉昌己 | - | 13:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
母校、ベルギーの欧州大学院大学(the College of Europe)についての面白い話

   この日曜日、佐世保北高の1970年卒(22回)同窓会に出かけてきた。

 ちなみに学年同期には、いろいろあって顔を見せてることはないが、村上龍もいる。

学校といえば、小、中、高、大という区別とは無関係に等しく、卒業生には同窓会というものがある。

 海外でも同様である。

 この度、記念同窓会のディナを開くから、おいでくださいとのEメイルが、ベルギーはブルージュにある母校の欧州大学院大学(the College of Europe)の同窓会事務局からとどいた。

 それによれば、35周年の学年に始まり、なんと4045、50、556065周年の卒業生を一緒に招いた合同ディナーということだ。

 ちなみに35周年が私のクラスで、学年名はジャン・レイ。卒業生は平均で58−60歳程度。30で学んだ私が、この学年では最年長の一人だった。

 30周年までは10年に一度だが、それを超えると、5年刻みになるようだ。年齢が上がると、10年は長すぎて、待てないということだ。

 私たちの学年名が由来するジャン・レイといえば、彼は欧州委員長だったが、ベルギーでは著名な政治家だが、ベルギー以外ではほとんど、無名。

 でもその後の学年名を観て驚き。実際、ヨーロッパ現代史やEUに強い皆さんは、驚きますよ。

アンリ・スパーク、マッツーニ、アデナウワー、トマス・ペイン、60周年の学年名は、北極探検家ナンセン、そして65周年はエラスムスを冠してます。

35th, 40th, 45th, 50th, 55th, 60th & 65th Anniversary dinner 2019 - Jean REY, Paul-Henri SPAAK, Giuseppe MAZZINI, Konrad ADENAUER, Thomas PAINE, Fridtjof NANSEN, ERASMUS。

 もう一つ驚くべきは、65周年を迎える学年の年齢。だいたい平均90歳前後ということになります。ホンマに出席しよるのかねと思うほど。

 私の場合、65周年は招待があっても、果たして、ブルージュにいけるのかということです。

 おそらく私はあの世でしょう。

 ちなみに、ウインストン・チャーチルも、レオナルド・ダビンチ、モーツアルト学年もありますよ。覚えてもらいやすいし、超有名なヨーロッパ人の名を冠し、私の学年名のジャンレイ氏には失礼だけど、実に羨ましい限りです。

閑話休題でした。

 参考ブログ

 

| 児玉昌己 | - | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
久留米大学公開講座 同大OBで名古屋大学中村登志哉教授がドイツポピュリズムについて語る

 先週の金曜日5日名古屋大学教授の中村登志哉先生をお招きして、私が座長をさせていただいている公開講座が開かれた。演題は「ポピュリズムに揺れるドイツとヨーロッパ」。

 登志哉先生にはもう10年ほど来て頂いて講演していただいている。

 8年前に県立シーボルト大(長崎県立大シーボルト校)を離任され名大に着任されたが、それまで、私がいた純心大学時代(2002年久留米移籍)から、長崎新聞などでの選挙結果の検討など、同社の常務となっている徳永さんなどと共に、お付き合いさせてもらっていた。

 登志哉先生は共同通信のウィーン支局長経験者で、9つ違いの同志社の先輩、後輩ということもあり、意気投合。

 爾来、彼が故郷の名古屋大学に移った後も、講座やシンポジウムに呼んだり呼ばれたりの関係を続けている。

 本学にお招きしている先生方は、予算の関係もあり厳選した人ばかりだが、中でも講演上手である。

 ちなみに大学教員は、教員免許がなくても教壇に立てる。教育学者の養成機関を別とすれば、基本的には研究者として育っているのであり、教育で求められる話し方の魅力は別のことである。

それ故、全員が講義がうまいということではない。余談だが、大学で講義が上手なのは予備校経験者である。予備校では受講者の意見を数値化しているので、下手では翌年バイトの仕事がない。

 話を戻すと、公開講座は事務手数料をとっているので、やはり講師についての期待は高く、私も講演者の選定には気を遣う。予算も限られていることもある。

 ともあれ、先生は実に上手にドイツ政治と対EU、対米、対中、対日と話をされ、70名あまりの受講者魅了された。

 難民の急激な流入で、他のEU加盟国同様、ドイツではポピュリストや極右の勢力が伸長している。あれはメルケルの大失策で、EUが翻弄された事案だと思っているが、それを問う2017年9月のそのドイツの総選挙取材で、偶然、ベルリンにともに入って仕事をした。メルケル与党も連立を組んでいたSPDも大きく勢力を後退させた。

 すでにこのブログでも触れたが、この取材では、ウィーンでの在外研究中の東原正明福大准教授も参加され投票所視察した。そして東原先生と入れ分かりで、私がセッティングしていた現地政治研究者とのワーキング・ディナーに加わっていただいた。

 今回の本学での講演の中身についていえば、極めて広範に注目点を語られたが、なかでも、今月はメルケル首相が率いる政府与党のキリスト教民主同盟CDUの姉妹政党キリスト教社会同盟CSUの居城であるバイエン州での州議会選挙があり、下旬にはヘッセン州の州議会選挙がある。

 共に別々に調査に出た先の総選挙では、2013年党結成の新たな反EU政党ADが、ゼロから一挙に94議席をえたのである。

 AfDは「ドイツのための選択肢党」というが、選択肢とはユーロか旧マルクかを問う党名をつけており、もともとユーロ反対の政党として結成された。今は反イスラムの難民阻止政党として機能している。

 反ユーロ勢力は、ユーロがEUの中で最も重要な政策であり核であるところから、反EU政党であると理解してよい。

 もともと結成当時、創設者の経済学者は反ユーロ政党ではあっても、AfDは反EU政党はないと言っていたが、私は疑っていた。

 案の定、彼らは反EUをストレートに語る党内右派に駆逐され、女性党首のフラウケ・ペトリーさえも辞任を余儀なくされた、AfDは、完全に反EU政党そのものになった。彼女の辞任は同党幹部ヘッケが、ベルリンのホロコースト記念館について、「ドイツの恥だ」と語ったことを契機とする。

 この党には、わが国でも同様のものがいるが、不都合な真実を忘却したい勢力が存在していることを示している。

 またAfDは一部にネオナチを含む排外主義運動「ペギータ」と重なっている。

 登志哉先生の話に戻って、講演の結論は、その反EU政党AfDのバイエルンとヘッセン州議選での議席獲得の動向がバイエルン州議会のおけるCSUの地位のみならず、ドイツ最大与党CDUとメルケルの首相の座にも影響を与える、注視すべきだということを指摘された。

 とくに政治は中央政治のみならず、地方政治にまで目を配る必要があるとの姿勢が新鮮であった。

 言い換えれば、泡沫政党から、AfDが全国政党になる、それを占う選挙ということである。

 2018年度本学公開講座は以下

 https://www.kurume-u.ac.jp/uploaded/attachment/5311.pdf

参考ブログ

 

| 児玉昌己 | - | 11:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
なぜEU認識が日本では偏っているのか、についての私見 

 懇意にさせて頂いている数学者のY先生から「日本の朝野のEU認識が偏っているとしたら、それは、なぜなのでしょうか」という質問があった。

 それについて日頃考えていることを書こう。

 もともとメディアは本質的に、対立の側面を好み、順調に推移していることは記事にはならない、即ち対立や危機的状況を好むという特性を持つ。

 たとえば、「犬が人を噛んでも記事にはならないが、ひとが犬を噛んだら記事になる」という有名な言葉がある。

 このようなメディアの本来的特性から離れて、以下のことが言える。

なにより日本の研究者、テレビやプレスメディアがイギリスの論調に過度に依存し、自前で物事を吟味する能力を欠いていることがあげられる。

 さらに言えば、ヨーロッパの歴史、とくに今次大戦についてイギリスの体験と大陸諸国の体験が必ずしも同じでないことについての十分な知識がないこと、研究者で言えば、英国や米国の大学で学んだことで、簡単にEU解体、EU崩壊、ヨーロッパ統合の終焉などと、イギリスの情緒的な反EU感情やEUに懐疑的なバイアスに色濃く影響を受けていることなどによる。

  もとより淡々と事実関係を捕捉した上質の記事もあるが、今一つ、EUをどう捉えるかというところでは、国家的観点に依拠して、そこからだけでEUを観ているものが少なからずある。すなわちEUの本質に迫りえていないと考えるものが、いわゆるEU研究者のなかにも見受けられる。

  また最悪なのは、わが国の出版界においてビジネスの観点から、読者に媚びを売るかのように欧州で出版される書籍の名を勝手に変えてしまうことなどにもみられる。

 例えば、岩波はまともな出版社との評価があるが、ウルリッヒ・ベックの『ユーロ消滅;ドイツ化するヨーロッパへの警告』(岩波2013年)原題は、ドイツのヨーロッパ」である。副題も言えば、 Das deutsche Europa- Neue Machatlandschaften im Zeichen der Kriese 「危機の時代における新たな権力の風景」である。

 岩波の出版編集部が掲げた「ユーロ消滅」などベックの論の中身とは無関係だ。どれほど傲慢なタイトル改変を、意識してか無意識かで、やっているのである。ベック本人は最近他界したが、このグロテスクな改変を知っていたのだろうか。日本のビジネスマンや、インテリ読者に対しても失礼なことだ。

エマニュエルトッドの書も同様である。もともと極めて問題に満ちた著者の書であるが、中身をここで問わないとしても、編集部がタイトルを改変している。原書名は以下で、「ドイツがヨーロッパ大陸を保有する」L’ALLEMAGNE TIENT LE CONTINENT EUROPÉEN Une interview d’Olivier Berruyer.

 これがどうして「ドイツ帝国が世界を破滅させる 」となるのか、まさにいかがわしいとするのは、出版社文芸春秋の姿勢である。

  ついでに言えば、比較的古い訳書トム・リード「ヨーロッパ合衆国の正体」(新潮社2005年)も同様である。これは単に「ヨーロッパ合衆国」である。The United States of Europe: The New Superpower and the End of American Supremacy.が原書名である。副題は「新しいスーパーパワーとアメリカの最高性の終焉」である。どうしてこれが日本語ではまずネガティブな意味合いを持つ「ヨーロッパ合衆国の正体」となるのだろう。

 頭を傾けるばかりである。

 

 今日は、日本のEU認識の問題について少し書いていこう。

 イギリスはご承知のごとく、フィナンシャル・タイムズなど上質なプレス・メディアがある。

 しかし、ことEUについては、このフィナンシャル・タイムズも完全には例外ではなく、記者によりレベル差が大きい。ギデオン・ラフマンなどは全く評価できない記事を書いていた。下記のブログ記事参照。

 さらに英保守党や労働党も含めて、イギリスの政治家のEU認識はお粗末である。

 イギリスの認識に影響されているとすれば、イギリスのEU認識がいかなるものか見ていく必要がある。

 歴史的な事例と、最近の事例であるEU離脱問題を観ていこう。

 まずイギリスと大陸諸国の歴史認識の相違を指摘する必要がある。両者には、戦争体験で相当の開きがある。

 これについていえば、ドイツやフランスという大陸の隣国同士の強烈な殺戮の歴史を、外からしか見れていないということが指摘できる。

 なによりこの相違については、サッチャーは、ドイツ国民の悲願であったドイツ統一に反対であったことを思い起こせばいい。東独は東独として西独とは別に存在し、それぞれが国家を経営すればよいというのが当時のサッチャーであった。

 彼女のメモワールは日本語に翻訳されていて、日本語で読むことができる。石塚雅彦訳『サッチャー回顧録ーダウニング街の日々』日経新聞1993年がそれだ。

 サッチャーの認識はドイツ市民の念願、ヘルムート・コール西独首相の考えとは程遠いものであったといえる。

 サッチャーにしてみれば、ドイツが強大になることを察知し、危惧していて、東西ドイツの合併は困るとみていたが、それは分断されたドイツ国民の思想とは別個のものであった。

 またフランスもドイツ統一については一定の逡巡もあっただろうが、ドイツ同様、相互に戦争と殺りくに終止符を打ち、平和の欧州を建設したいということでも共通の認識があった。

  歴史的経験は往々にして、国家の成り立ちに大きく影響する。

 わが国の戦後の憲法9条にある理想主義的平和主義を観れば、それが分かる。ドイツも同様であったが、周囲が海に囲まれた日本とは違い、敗戦国のドイツの再軍備への転換を迎えることになる。それは国境の隣にソ連圏の東独そしてポーランドを物理的に抱えて、冷戦が激化するにつれ、ドイツの軍備強化が不可欠と考えていたからである。

 主権を統合するまさにヨーロッパ合衆国を想起させる欧州防衛共同体の構築に向かったことは驚くべきことであった。イギリスは主権譲渡を求めるこうした構想には徹底して、反対した。

 欧州防衛共同体はフランス議会が反対し消滅するが、この共同体は国家の国防という国家主権さえもEUの中に解消しようとする内実を持っていた。

 もとよりわが国でも、朝鮮戦争での北朝鮮の侵略と中国解放軍の介入によって、理想主義的平和主義は、アメリカの極東戦略もあって、急速に現実の厳しさの中で後退していく。

 歴史認識の話を続ければ、ドイツとイギリスにおいて、例えば連邦という概念についても以下のように明らかな相違がある。

 ボリス・ジョンソンはEUの持つ連邦的性格について以下のように言う。

 「本質的問題は残る。欧州人は、我々が共有しない理念を持っている。彼らは、 真に単一の連邦的同盟、すなわち大方の英国人が考えていない欧州合衆国を創設したいのである。」(The fundamental problem remains: they have an ideal that we do not share. They want to create a truly federal union, e pluribus unum, when most British people do not.)B・ジョンソン前ロンドン市長、2016222日)

他方フィッシャ―ドイツ元外相は次のように言う。

 「独では連邦的という言葉はひどい言葉ではない。他国は連邦主義が唯一の解決策であると認識すべきである」In Germany, federal is not a terrible word. Others should realise federalism is the solution.  (J・フィッシャー元独外相、 2016712) 

 

 EU離脱に話を進めれば、先ごろイギリスのジェレミー・ハント外相がEUとの離脱交渉の過程で語った言葉、例えばEUの「離脱戦略はソビエトに匹敵する」(EU's Brexit strategy likened to 'Soviet Union)というコメントなどが、イギリス保守党の対EU認識の皮相さを表している。 

  まずもって、イギリスはなにより、43年間、ソ連帝国のごとき共産党に支配された組織に自ら存在していたのかねといいたい。何よりイギリスも自国の正統な憲法上の手続でEUに加盟したのである。

 そのEUはヒト、モノ、カネ、サービスが一体化した組織である。

 これに基本原則にたいして一つでも例外を設けると、加盟国がバラバラにそれを要求し始める危険がある。そうなると、EU自体存在しなくなる。

 イギリスの要求を観ていると、ヒトの移動はだめだが、モノは離脱しても無関税で残してほしいとは、まさにご都合主義丸出しである。サービスについても、離脱以前同様に配慮してほしいという。モノとサービスは一体化しているということを考えると、これも一方的な要求でしかない。

 モノについていうと、イギリスが関税同盟から抜ければ、関税障壁を設けることはできるが、輸出に対しては今度はEU側の関税の壁に直面し、関税の支払いという義務が生じる。つまり、離脱後FTAを結ばない限り、今まで不要だったことが必要となる。 

 ある調査では、イギリスのEUへの関税支払い額は、WTOレベルに後退した場合、年間7千億円をはるかに超える試算している。

 ドイツ最大のシンクタンク、ベルテルスマン研究所の試算では、関税なども含めたイギリスの損失は、累積でGDPの最大14%と見ているほどである。

 イギリスの離脱派についていえば、もともと社会保障費に関連してEUへの持ち出し額をでたらめな数字を出して煽っていた。そして今や、通商問題に無知というほどの状況を露呈している。

 先の保守党議員の言葉でいえば、EU離脱に対してEUがどうい態度で対応するかさえ分からず、離脱を口にしていたということだ。

 イギリスが通商問題に無知であったということは、他のEU加盟国にも普遍的に当てはまる。

 通商交渉権限は欧州委員会にあるとEU条約で定められているのである。欧州委員会が通商事項を担当することで、イギリスは43年もの間、無知であっても問題ではなかった。なぜなら欧州委員会が一手に対処していたからだ。

 今離脱となって、通商事項が重要課題となり、前面に出てきたが、イギリス側のスタッフは全くイギリスには存在していなかったことがあげられる。

 国民投票での離脱決定を受け、イギリスでは離脱担当省(Department for Exiting the European Union)が設置された。だが、自国でこの分野に熟達した十分なスタッフを調達できず、カナダ、オーストラリアあたりから人を採用しているといわれる体たらくだ。

 イギリスの離脱支持についていえば、EUへの感情だけによる反EU論が長く存在してきた。

 国民投票についていえば、2016年が最初ではない。1975年当時のハロルド・ウイルソン労働党政権によって実施されている。このときは有権者の6割強が残留を選んで、以降41年EUにとどまることになった。

 だが、このこと自体が、40年も前から労働党内部においても、EU(当時EEC)に不満があったことを示している。

 国民投票が実施され、それが決定した2016年6月24日には、私はロンドンにいて、結果が出て、毎日新聞に求められて「感情が勘定を損なった」旨、同紙に掲示した。

 論点 英EU離脱の衝撃 毎日新聞2016625日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20160625/ddm/010/070/050000c

 イギリスがEUをずっと過小評価してきたという事例を言えば、長く「コマン・マーケット」という表現にみられる。即ちEU結成の政治的側面をまるで過小評価し、失念し、それを単に「共同市場」と、市場という言葉を使ってきた。

 それがゆえに通貨同盟や政治同盟という経済を超えた統合が進むと、こんなはずではなかったといい始めることになる。

 もとより、EUは加盟国の全会一致で、そうしたEUの基本方針を定めた条約に賛成してきた。

 イギリスではマーストリヒト条約もアムステルダム条約も、ニース条約もリスボン条約も、労働党も保守党も自身の政府が賛成してきたものであった。それらは経済通貨同盟の強化と、政治同盟の促進を強く後押しするものとなっている。

 今回EU離脱を前提とした交渉中であるが、2016年の国民投票で離脱が決まった際、大衆タブロイド紙ザ・サンは、イギリスの独立記念日であるとし、これでイギリスが再興するという見出しで、グレートブリテン島に日が差しあがっている紙面を表紙として掲示した。

 イギリス独立党さながらに、イギリスのEU離脱派にとっては、イギリスはEUの植民地として存在してきた。これでイギリスはEUから解放される。そうした認識を展開した。

 ちなみに労働党系でEU離脱反対の陣営のミラー紙、ザ・サンに対しては、我々はEU離脱するとして、ユニオンジャックのメイクがボロボロになった人物を掲示した。そして、ポンドは底なし沼に沈んでいくとした。私はミラー紙のこの認識が正しいとみている。

 実際、2016年の英離脱前からみて英ポンドは20%以上も価値を減じている。

 今日の表題である最初の質問に戻ると、自分が特別であるような甘えを、その政治家、というより保守党議員全般に感じる。

 EUを離脱するとはイギリスにとっていかなるいみがあるのか。まずその影響は新たに膨大な数の通商協定を締結する必要がでてくる。

 EUから離脱すれば、イギリスは一体いくつ条約を必要とするかをいえば、フィナンシャル・タイムズの記者が試算している。なんと10月68か国と759の条約を再交渉する必要がある。

After Brexit: the UK will need to renegotiate at least 759 treaties. Paul McClean, Financial Times, May 30, 2017.

 こんなに重要なことを賛成と反対が拮抗する中で、僅差の結果を受け、実践しようとしている。実に国論が分断されている中でである。無様極まりないというしかない。

 ちなみに、国民投票を導入したキャメロンは負けても首相をやるといっていた。彼はその前言をいとも簡単に翻し、首相はおろか下院議員さえやめた。そして現在、高額の契約金でメモワールの執筆とのことだ。これから庶民はハイパーインフレに苦しむことが予測されるが、そのことなどお構いなしに。

 その彼は、首相時に「EU改革」と唱えていた。しかしわが国では、メディアなどはキャメロンの言う「EU改革」の中身をまるで吟味検討せず、イギリスの利益のための「改革」でしかないことを書かずに、垂れ流していたのである。

 ともあれ、わが国のメディアは、イギリスへの影響について、その大きさがどれほどのものかを十分吟味し、報道してきただろうか。

  イギリスは、いま主導権を奪われたまま、交渉力を失くし、時間を失くし、いよいよノー・ディールでの離脱の危険が迫ってきた。

 EU離脱については、イギリスは国民投票を展開する時点からその影響や、離脱の戦略を研究してこなかったのかというべき状況である。

 自らの対策不足を棚に上げ、EUに対して、「ソ連的な強権のEUの離脱戦略」という。国家が落ちぶれるとは、こうしたことをいう。無残なことだ。

 この状況については、これを予想するかのように、2年前に労働党系のミラー紙はコラムニストのネルソンが、2年前「キャメロンのEU残留を問う国民投票は英政治史上もっとも馬鹿げた政治キャンペーンである」と痛烈に批判してた。

Nelson's Column: David Cameron's EU referendum is the most absurd political campaign ever fought. Mirror,  28 May 2016.

 Financial Timesに戻れば、同社の動画サイトでも、同紙で私が評価している政治担当主幹のPhilip Stephensがキャメロン首相の国民投票の要求は、「とんでもない失策」'terrible mistakeで、今「次大戦後、平和の時において最大の政治的な過ちを行った首相」となりかねない、とインタビュで語っている。

Cameron's 'terrible mistake' on Brexit Jun 15, 2016.

http://video.ft.com/4943008783001/Camerons

 さらに外交においても、同様であり、イギリスはEU4億4千万人の政治の蚊帳の外に置かれるということである。かつてイギリスが外交上の巨人であった時代があったが、帝国主義国家を清算した今は、わずかに6.4千万の国家でしかない。

 結論的に言えば、イギリスの離脱陣営のEU認識にたいする問題ある認識が英語というアクセスが容易な言語を通して、我が国に大量に、無批判に入ってくる。垂れ流しで入ってくるとも言ってよい。 

 ドイツやフランス、ベルギーのニュースに目を通していると、違ったEUが見えてくる。

 もとよりEUにもイギリスをしてEU離脱に動かす要因は存在した。それを忘れるつもりもない。

 特に大国ドイツのメルケルによる難民問題での大失敗、同じく極度のギリシャへの緊縮要求などがあったこと、それがゆえにEUに対する極右、ナショナリストのみならず一般市民の反発もあったことをも私は理解している。

 しかしそれも、大国のメルケルドイツの失策の尻拭いをさせられていると考えると、EU批判の仕方には、注意がいることも強調したい。

  最後に、わが国のお粗末な対EU認識について触れよう。

 EUを離脱してもヨーロッパの法の空間ではEU法が存在し、欧州司法裁判所がその最終的解釈者として存在する。

 イギリスがたとえEUを離脱しても欧州司法裁判所の司法管轄権を脱することは不可能に近い。

 なにゆえかといえば、5億の空間を出でて、世界的にその法規範能力が確立し、広がりを見せている。

 人口6億、世界のGDPの3割を占める日本とEUのEPA協定が大詰めを迎えつつあるが、プライバシー保護などEU基準を受け入れることが報じられている。EUの法規範はアジアにも広がっているということだ。

 EU法規範の広がりから離れても、イギリスはEUを離脱しても、ノルウエ―のように上納金をEUの納め続ける方式などをとれば、何の為の離脱とかとなる。

 EUの加盟国として、法改正や法制定に影響力を与える方がイギリスにとってはましな立場をとれる。

 離脱の損得は、わが国を含めEUに所在する企業が須(すべか)らくその回答を熟知している。銀行や空運など前経済領域に及ぶEU単一免許の法的意味についてである。

 わが国のメディアや英国に立脚してモノを言う研究者が、EU離脱がなにをもたらすか、英保守党が口にする情報に対して、吟味がどれほどなされてきたか。それがない限り、おのずと一方的で、表層的なEU認識になる。

 今の保守党内の哀れなほどの無様な対応を観るにつけ、離脱派には、離脱という目標だけがあって、イギリスのその後を位置づける戦略などなかったとさえいえる。ちなみにメイ首相はキャメロン内閣時には残留支持派であったのだ。

 市場統合関連にせよ、競争法にせよ、EUからの離脱規定にせよ、EU条約と派生法としてのEU法がさだめている。そしてこれらのEU法は加盟国法に対して上位規範性を持っている。それに基づきすべてが動いている。

 このことは、EUが連邦制度として構築されていることを示している。

 EUをあたかも国家の連合体のごとくいう表記が「欧州連合」であるが、駐EU代表部において、自らの組織を欧州連合という表記にさせた責任は大きい。

 ちなみに欧州議会の当時最大政党だった欧州社会党は欧州連合の使用停止と欧州同盟の使用を求める書面質問書を出している。私が、この表記の問題性について英語論文を書き、それを欧州議会のコルベット氏に渡し、その合理性を理解していただき、公式の質問書簡が欧州委員会に発されたのだ。

 ちなみに、日本EU学会の理事長経験者の5名が反対する中で、ほどんと学会では論じられることもなく、この用語の採択が行われたが、それについては下記に記したブログ記事(2010年10月)で別途、書いている

 いつの日にか、なせこんな問題訳語がEUの組織表記として採用されたのかが問われることになる日もあるだろう。

 EUはその内実において、日々「欧州連合」を否定し、欧州連邦というべくも、国家主権に代わってEU連邦主権を形成発展させつつ、加盟国が国家主権を貫徹することが不可能となる組織に変じてきている。

 最近の極右、ナショナリスト、大衆迎合政党といった反EU勢力の台頭は、まさにEUの連邦化の深化を逆説的に示しているといえる。

 ともあれ、発された言葉を十分吟味せず、メディアは多くイギリス的バイアスをもった記事を日本で垂れ流してきた。ヨーロッパ現代史をめぐる歴史認識についても、事実関係の把握についても、十分とは言えないままである。

 これらが上記の表題、なぜ日本のEU認識が多く偏り、皮相なものとなるのかという問いに対する、当面の私の回答ということになる。

参考文献

大分大学経済学部地域経済研究センター編『地域と経済』6月11号2018年(ちなみに、これは66頁すべてがイギリスのEU離脱問題など、最近のEUをめぐる分析評価となっており、日経新聞現編集委員瀬能繁、久留米大学児玉昌己、大分大スティーブン・デイの3名になる講演とフロアーも参加するシンポジウムからなっている。

参考ブログ

2018.07.24 Tuesday EU終焉論の虚妄 欧州委員会米グーグルに制裁金5700億円 EU法の強制力の強烈さ

http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20180724

2016.06.08 WednesdayイギリスのEU離脱でもEUとヨーロッパ統合は、独仏枢軸が健在な限り、進む

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4052

2016.06.17 FridayEU残留巻き返しに必死のFinancial Times 指弾されるキャメロン英首相の優柔不断と大失策

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4052

2014.06.06 FridayEU懐疑派を代表するギデオン・ラクマン(Gideon Rachman)のFT記事を批判する 上下 彼の言う「欧州の民主主義を救え」は「イギリスの保守党の言う民主主義を救え」ということ

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3681

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3682

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2575

9月ブログアクセス総数

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| 児玉昌己 | - | 21:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
 世界を分断する排外主義のナショナリズム 19世紀のアクトン卿の警告と国際政治学の泰斗EHカーの理解

  排外主義的ナショナリズムが世界中で猛威を振るっている。

 米国がアメリカ第一主義というよりも自分第一主義のデマゴーグの大統領トランプを得て、勢いが増しており、ヨーロッパでも同様だ。

 タチが悪いのは、米国の排外主義者とヨーロッパの大衆迎合勢力や極右勢力が手を握り始めたことである。

 功名心で、本来は同じ陣営の頭目というべきトランプに解任された米のスティーブ・バノン元首席戦略官がその好例である。

彼はブリュッセルに「ザ・ムーブメント」という政治団体を結成し、欧州極右勢力と手を握り、欧州議会選挙で極右反EU勢力を糾合するよう運動を始めている。

 実際、ファラージュやルペン、イタリアの「連盟」リーグ、オランダのヴィルダースなどと接触を重ねている。彼らは名だたる反EU派だ。

 以下に紹介するEU懐疑派というロイターの表現は不正確である。懐疑どころか、ストレートにEU解体をもくろむ勢力である。

 その目的について、ロイターは、(1)EU加盟国の主権強化(2)国境の強化(3)移民抑制(4)イスラム過激派の根絶─の4項目への支持に合意できる政党を欧州議会に送り込むことだ、と報じている。

 トランプ氏元側近バノン氏、EU懐疑派の結集画策か ロイター2018912

 ここにある国境管理、主権の強化自体が国家主義そのものである。上記の目的は国家至上主義であることをストレートに語っている。またそれに付随して、イスラム過激派の排除という。これは、一見問題のない言葉であるが、実際、その内実はストレートな反イスラム主義の表明でもある。

 しかも、ここで強調しておきたいことは、EUの議会で、私のライフワークとして捕捉する欧州議会が、まさにEU政治の最大の決戦場となっていることである。

 欧州議会に極右勢力を糾合した欧州政党を形成し、欧州統合支持派と戦うという構図の出現は、わが国の浅薄な評論家がEUの消滅や崩壊と言うのとまるで異なり、むしろEUを持って進む、20世紀から始まり現在に至る欧州統合運動の格段の重要性を裏側から物語っている。

 このナショナリズムについて、FBの友から質問が来た。これを機に少し書いておこう。

 ナショナリズムは18世紀以降のイデオロギーで、人類史上では比較的新しい思想に属する。いうまでもなく、ナポレオン戦争後の国民国家を前提としている。私にとってナショナリズムとは排外主義と大衆迎合主義をもって21世紀に現れている。

 もとより郷土を愛する自然の気持ちは大切であり、私も当然ある。英語では、郷土愛はパトリオティズムとして、ナショナリズムとは区別されている。

 ナショナリズムを理解する上では、1970年代に私が大学で学んだ国際政治の泰斗がいる。

 エドワード・ハレット・カーE. H. Carrである。

 すでに若い研究者も知らなくなっているのかもしれない。学生諸君に至ってはなおのことだ。 

 カー博士は、ロシア政治研究の大家だった。後年ソビエト革命を評価しすぎたとして一部に批判を受けている。

 カー先生を擁護するとすれば、ナショナリズムの最悪の形態としてのナチズムへの対抗軸としてのソビエトへの期待であったともいえる。

 ともあれ、そのカ―先生 国際政治において、ナショナリズムは国際秩序を分断化し、細分化するものであると、ナショナリズムを極めてネガティブにそれをとらえている。

 実際、E・Hカー教授は、自著, Nationalism and After (London, 1945), p. 16.1860年のアクトン卿(Lord Acton)による以下の言葉を紹介しつつ、始めている。

  「民族の強調(nationality)は、自由も繁栄も目的としない。それは民族をもって国家の鋳型と尺度にするという至高の必要性のために、自由と繁栄のいずれもを犠牲にする。民族(主義)の歩む道は物質的、精神的荒廃をもって記されるであろう。」(1862年アクトン)

原文を付すと以下だ。
" Nationality does not aim either at liberty or prosperity, both of which it sacrifices to the imperative necessity of making the nation the mould and measure of the state. Its course will be marked with material as well as moral ruin."    

 そしてナチズムをもって、アクトン卿の警告は最悪の形態を人類は経験することになる。

 なおこのイギリスの貴族にして歴史家、下院議員も務めたアクトン卿は「絶対権力は絶対的に腐敗する。」(Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely)という、あの有名すぎる珠玉の政治的格言を残した人物である。

 19世紀になって帝国主義と化し、20世紀においては、ナチズム、ファシズムとなって猛威を振るい、国家さえも滅ぼした。

 ナショナリズムは、相互依存が当時とは比較にならないほど高まっているこの21世紀において、再び国際政治舞台で排外主義を伴い高まる。

 実に要注意である。

 外務省には、すでに国家だけが国際政治のアクターではないこと、それゆえ国家間関係だけでなく、EUを、そして欧州議会をもっと研究して活用せよと助言したい。

 中国も韓国も北朝鮮さえもその重要性を日本以上に理解していることを。

付記

 蛇足だが、最近通信社も含め、たとえば上記のブログで引用したロイターの記事のように、「結成画策か」と文末を「か」とする記事が多発している。なんのための「か」であるのか。自社の記事に自信がないのか、多く外国のソースは断定した記事を出す。だが、わが国に入るや、なぜか「か」がつく。無様極まりない。自信がなければ掲示を控えよ。上記の例で言えば、「か」は不要である。排外主義的欧州政党の結成画策は疑いもない。

| 児玉昌己 | - | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
欧州司法裁判所と欧州人権裁判所関係でEUの民主的正統性に関するニュース2本

  今日のブログは、欧州司法裁判所と欧州人権裁判所とEUの正統性に関するニュース。

 最初はイギリス。

 こちらは、後述するポーランドの事例とは違い、必ずしも民主的正当性と直結するわけではないが、欧州司法裁判所がもつEU条約の最終解釈者という意味で重要。

 イギリスのEU離脱も3月29日の離脱日が近づき、EUとの離脱交渉も、溝が埋まらないまま、ノーディールで終る可能性が高くなってきた。

 英のメイ政権は、成立直後から、対EU離脱交渉に当たっては、bad deal no deal 「悪い取引なら、取引なし」 といってきた。特にアイルランドと北アイルランドとの国境での貿易監視問題が、当初から指摘されてきた。そして案の定、最大の懸案事項として、未解決のままである。

 EU離脱ついてはイギリスで離脱反対の巻き返しがみられる。

 スコットランドの裁判所は、EU条約50条に関して、イギリス議会が政府の離脱交渉結果を拒否する議決を下した場合、「一方的な交渉結果の破棄」ができるのかを問う先行判決を欧州司法裁判所に求めたというニュースをEUobserverが報じている。おそらく英政府が離脱の通告を公式に取り下げない限り、無理だろう。議会の議決では済まないと私は見ている。

 話を戻せば、スコットランドで圧倒的な影響力を持つスコットランド民族党(SNP)とそれを与党とするスコットランド地方政府はEU離脱反対である。

 野党のEU離脱に対する立場についていえば、英労働党は、第二回の国民投票はやらないと、当初コービン党首が明らかにしていた。 だが、近々第2回投票の実施について、立場を明らかにするという。

 フェイクというべき離脱強硬派の国民投票で展開してきた主張とは違い、EU離脱の影響が、英経済と市民生活に甚大なものとなるという認識が遅まきながら、広がってきているからである。

 私見を言えば、一度EU離脱してほしい。それで離脱派ナショナリストの浅薄なEU認識が暴かれ、ポンドが暴落し、経済がガタガタとなり、EUのありがたさがわかった時にユーロ発行国として再加盟してほしい。

 ともあれ、すでに5月の欧州議会選挙を前に、すべてが英離脱を前提として、粛々とEU政治は動いている。

 

 もう1つは、欧州委員会とポーランド、そして欧州司法裁判所である。

 こちらはEUにおける民主主義の価値擁護にかかわる、さらに重要な問題といえる。

 ハンガリーでは、法と正義党の政権下で行われている司法「改革」で、同国の最高裁の独立性が脅かされているという見方が欧州委員会により昨年から出されていた。

 今日のブログ記事は、EU条約、とくに法の支配原則、民主主義の原則というEU条約第2条の規定への重大な違反が問われており、今回、正式に欧州司法裁判所に提訴を決定したとのニュース。

 ポーランドの司法改革法は、裁判官の人事権に不当に介入し、法改正の対象は、定年を70から65に引き下げることで、最高裁長官を含め28名の裁判官に影響が及ぶという。其の後は、権力とってに都合がいい裁判官を入れることが考えられる。

 ポーランドにたいする欧州委員会による欧州司法裁判所への提訴については上記の通りである。

 ちなみにこれにたいして、ポーランド政府は、もし欧州司法裁判所の判決が出ても我々は服属しないといっている。

 わたしにしてみれば、そうであれば、EUから離脱せよ、といいたくなるが、その度量もない。

 離脱すれば、ロシアからの軍事的圧力を受け、さらには自国通貨ズロチなど、国際的な信用をたちどころに失い、紙くずになるだろう。今となっては、東欧諸国のEU加盟は20年早すぎたということになる。

 EUの価値を巡る欧州委員会の欧州司法裁判所への提訴に触れたついでに、ポーランドと同様に、権威主義政権を構築しているハンガリーでの欧州人権裁判所への提訴の動きも書いておこう。

 移民難民の入国を推進する非政府組織のワルシャワ・オフィスの活動停止させるということで、ハンガリーのオルバン政権の行為に対して、ジョージ・ソロスが設立したOpen Society 財団が、不当な人権侵害であると欧州人権裁判所にたいして提訴したという。 

 EU加盟国にとっては、そしてEU機関にとっても、欧州司法裁判所も欧州人権裁判所も最後の司法判断の砦である。

 欧州人権裁判所はEU機関ではないが、EUの機関である欧州司法裁判所とは姉妹組織といえ、両輪で欧州の民主主義的価値を司法の領域で、監督している。

 欧州人権裁判所は、その名の通り、人権問題ではとくに重要な機関であり、その司法判断は大きな意味を持つ。

 EUが非民主的というものが、極右やナショナリストに多い。これは基本的には誤っている。EUはEU条約に基づいてのみ行動できる。しかもそのEU条約はパンガリーであれ、ポーランドであれ、イギリスであれ、自国政府が調印し、憲法上の規定に従い批准したものである。

 それがゆえに、EUが勝手に政治を独裁しているという大衆迎合政党や極右政党のEU認識は自国政府の責任でEUに服属しているということからすれば、そしてEUは多数決で議決しているということからしても、問題外である。

 EU加盟国は自国の主権的権限における立法行為の正統性と正当性については、EU条約の守護者としての存在する欧州委員会により、例えば第7条によって、民主主義擁護の観点から、日々監視されており、EU条約と二次立法の最終解釈者として存在する欧州司法裁判所によって、EU加盟国は司法審査の対象となっていることを我々は忘れてはならない。

 政治における価値論でいうと、一国的ナショナリズムと、多元主義的フェデラリズムが民主主義の価値を巡り激しく衝突しているということである。

参考記事

EU court asked to rule on halting Brexit.EUobserver.24 Sept.2018.

Rule of Law: European Commission refers Poland to the European Court of Justice to protect the independence of the Polish Supreme Court. European Commission - Press release. Brussels, 24 September 2018.

参考ブログ

2016.02.28 Sunday 英のEU離脱 個人的には賛成である(最大の皮肉を込めて)

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3985

| 児玉昌己 | - | 01:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
久留米大学公開講座後期「国際政治経済を見る目」始まる 第一回オーストリア政治(東原福大准教授)

大学は後期が始まり、先週の金曜日、勤務校の公開講座も始まった。

私がここ10年余り担当している学外向けの公開講座があるが、ここ数年「国際政治経済を見る目」というタイトルで開講している。

 一般の方が活用しやすいよう、福岡の中心地天神のエルガーラオフィスに置いている本学サテライト教室を使っている。

久留米まで来ていただくのは大変だ。

 継続は力なりで、受講希望については、着実に増えており、今期開講時、受講者は71名。収容能力が80であるので、マックスに近づいてきた。有難いことである。

 後期第1回はウィーンでの在外研究から戻られたばかりの東原正明先生(福大准教授)。オーストリア政治の最新事情と題して講演された。

 今年5月の連休で同地入りするプランを練っていたのだが、諸般の事情で、断念したところだった。

 昨年秋のベルリンでのドイツ連邦議会総選挙取材の出張では、ウィーンから、自分も投票所風景を見学したいからと、来ていただいた。ドイツ語に堪能で、有り難かった。

 オーストリアといえば、極右排外主義の自由党が国民党と連立を組んで、政権入りしている。

ポピュリスト政党は、EUでは今や花盛り。EUの難民政策に反発してのこと。難民はほとんどがムスリム(イスラム)であり、反難民は論理必然的に反イスラムであり、それを共通項にして、EUでは加盟国で国民の不安を栄養剤として成長している。スウェーデンでもイタリアでも政権に入っている。ハンガリー、ポーランドなど旧社会主義国家で人権意識が西欧とは異なる諸国は、流入を国家としてブロックしているといえる。

 東原先生はすでに3回ほど講話いただいているが、今回、オーストリア自由党に焦点を当てて、ホットなテーマを話していただいた。

 特にドイツ・ナショナリズムがこの政党に色濃くあるということ、勢力は労働者を代表し、政権与党も経験してきた社会民主党の支持票を強烈に取り込みつつ発展しているということ、さらには党勢拡大は、かつてハイダーによる「未来同盟」結成のケースのごとく、党内分裂をもたらす可能性もあるということで、興味深いものであった。

  労働者階級の不満を取り込みつつ勢力を伸長させていることでは仏のルペンの国民連合(旧国民戦線)ときわめて類似であるとの印象を得つつ、受講者ともども、知見を深めることとなった。

 来週は長崎大学准教授のラドミール・コンペル先生の番。チェコスロバキアの話をして頂くことになっている。

 プログラムは以下

https://www.kurume-u.ac.jp/uploaded/attachment/5311.pdf

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4302

 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=1476

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=1477

 

| 児玉昌己 | - | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
末娘から英の大学院に無事到着との知らせ それを詠む 海鳴庵児玉

佳子さまも 学ばれたるや リーズ大 わが娘(こ)の一報  「存外寒し」 

 

寮入りて 毛布求めし 愛娘 学ぶはリーズ  アルビオンの地

                         海鳴庵児玉

              (アルビオンとはイギリスの雅名)

 

2018年海鳴庵歌集

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4392

| 児玉昌己 | - | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) |

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