児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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 終回近いゲゲゲ、父君の死と、戦時下の海兵3号生徒、木田元先生追記

  ゲゲゲは終回に近いのだろう。水木先生の父君が亡くなった。人生は流れる雲の如くという、実に詩的な言葉を残して。
  他方、9月、哲学者の木田元先生が日経の私の履歴書に海兵3号生として体験された戦時下の兵学校の生活のありようを書かれた。
 タイトルが「成績が寿命に直結」だった。実に衝撃的で、それに反応してそれで10日付でブログしたのだった。

2010.09.10 Friday 「寿命は成績順」の衝撃 下 海兵時代を述懐される哲学者木田元先生 日経私の履歴書 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2508

 成績が良くて、仮に配属されるのが、大型艦船であったとしても、戦時下にあっては、現実には、大型艦船への配属が生命の保証だったとは、ならなかったことだろう。
 実際、航空母艦赤城(1927年竣工、定員1630)も、巨大戦艦大和(1937年竣工、最終乗員3332)、同型2番艦武蔵も、奮戦かなわず、海の藻屑と消えたのだから。

 それでも、平時においては、海兵出身者は、いわゆるSenior Officerとして、それなりに出世をし、あるいは1号生徒は、それを意識するゆとりもあったかもしれない。
 だが、日々先輩諸将が命を失う戦況厳しい(というより海にあっては、血にまみれの、肉片と化した銃座、陸にあっては泥みずに浸かりマラリアに侵されという方が正確なのだが)戦争末期にあって、海兵3号生徒は、戦争の現実の過酷さの前では「人生は流れる雲の如く」とはいかない。
 実際、平時に卒業し、時に選抜されて海軍大学校に学び、海軍軍令部(陸士、陸大でいえば陸軍参謀本部)に出仕、作戦指揮に従事した高級幕僚のそれとは、かくも大きな落差があったのである。
 それに反応し、ブログしたことだった。

 

 

 

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| ベストアンサー | 2010/09/18 8:38 AM |

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