児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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EU懐疑派を代表するギデオン・ラクマン(Gideon Rachman)のFT記事を批判する 上 彼の言う「欧州の民主主義を救え」は「イギリスの保守党の言う民主主義を救え」ということ

欧州議会選挙後に直ちに始まる欧州委員会の長の選出について、長いブログを書いた。
 ユンケルを欧州委員会の長にすれば、イギリスはEU離脱に傾斜するだろうというキャメロンの恫喝に触発されたものだった。

欧州理事会の構成国であるイギリスの保守党政権のキャメロンの動きは、欧州議会で展開されるEUの政党政治を否定する危険な動きであるとして、厳しく批判した。

 だが、フィナンシャル・タイムズはキャメロンを擁護するかのように、ギデオン・ラクマン(Gideon Rachman)の以下の記事を掲載している。これは日経が訳をつけて出している。

FT ユンケル氏を止めよ 欧州民主主義のために」 2014/6/4  日本経済新聞 電子版

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0302T

_T00C14A6000000/?df=2&dg=1

原文はBlock Juncker to save real democracy in Europe .

 実に、中身の薄い記事となっている。

 もともとこの記者は著名ではあるが、私はほとんど評価していない。なぜなら、欧州委員会の長選出における欧州議会選挙結果と、欧州議会が選出するという現行EU条約であるリスボン条約の規定について、キャメロン同様、知っているだけで、その本質に理解が及んでいないからである。 

 理由は後述するが、上述の記事について、結論を先取りしていえば、彼が言うdemocracy は表題にあるような、「欧州の民主主義を救うために」というよりも、イギリスの民主主義を救うというものであり、英保守党が国内で代表する民主主義とは惨敗した欧州議会選挙では言うまでもなく、国内議会でも小選挙区制での4年前の膨大な死票を前提とする限定された民主主義に過ぎない。

 彼は欧州議会を通したEUレベルで展開されている欧州の民主主義に全く理解が及んでいないということからくる。

 ギデオン・ラクマンについていえば、以前にも表層的かつ、無責任な記事を出していた。ユーロ危機のただ中の2011年6月2日には、ユーロ圏の必死のユーロ立て直しの努力にたいして、酩酊した状況にさらに強力なウオッカを注ぐようなものと現状分析し、「政治同盟ではユーロを救えない」という記事がそれである。すなわち、ユーロの価値の維持とのための財政同盟などは論外で、ユーロは廃止されるべきという非現実的な議論を展開していた記者である。以下がそれだ。

Political union cannot fix the euro.By Gideon Rachman. Financial Times. June 20, 2011.

イギリスの通貨ポンドの価値の維持にも直結するユーロ危機へのトラブル・シューティングで懸命な努力を酔っ払いと揶揄する記事ほど、ユーロ圏外のものは、かくも無責任になれるのか思わせるに十分な内容だった。

その記事から3年後、ユーロに関する結果はどうなったか。財政条約と安定化条約という2つの条約の批准発効という形で、懸命の努力がなされ、ユーロは相対的安定を迎えている。それを観ればラクマンの分析の誤り、つまり愚昧さが明らかだ。

自国通貨の安定は国家の最大の懸案時であり、必死になってその価値の防衛にあたるという理の当然さえ理解できなかったといえる。

 ただしユーロについて言えば、国家がそうであるような、租税政策を基礎とする財政と金融政策の一元的管理がECBレベルなされない限り、本質的に危機は続くのだが。

今回の記事「FTユンケル氏を止めよ 欧州民主主義のために」も、欧州議会選挙を経た欧州委員会の長候補者の正統な候補者であるにもかかわらず、「ユンケルを止めよ」というものである。

その中で、ドイツ人が世論調査で欧州委員会の長の候補となっているユンケルを7%しか知らなかったという事例を持ち出している。

ドイツの一般人にイギリスの政治家や、IMFのラガルドをどれほど知っているかと問うと同じくらいか、それ以下だろう。他国の政治家の知名度など持ち出せば、いずこも似たり寄ったりである。知名度で言うなら、ジダン、ベッケンバウアー、ベッカムなど元サッカー選手に政治をやらせよというべきもので、全く論外の議論である。また次のようにも言う。

 またEUレベルでの民主政体の在り方に触れ、「世界全体を1つの民主主義政体にしようという考え方が良策でないのと同じ理由で、欧州全体を1つの民主主義政体にするという考え方も良策ではない。」と述べている。

一見、正しそうに見えるが、世界全体を1つの民主主義政体にするなど、誰も考えてもいない。そんな的外れな事例を、もっともなことのように並べて議論をしている。ロシアや中東や、アジアの現状を観れば、それだけでラクマンの議論が実に意味なき議論かわかる。世界全体を1つにする民主主義など検討に値する価値のない議論だ。

 だが、ファシズムの跳梁跋扈を経験した欧州についてはいえば、1つの民主政体にする必然性は確かに存在した。そして現在もそうである。

人口500万余のデンマーク、人口1000万台のチェコ、ベルギー、オランダの人口規模を考えるだけでいい。日本の人口規模の半分強である英、仏、伊の人口規模を考えればいい。最大のドイツでさえ、8200万である。市場の規模からしても単独で支えるだけの規模を人口も市場も持っていない。

 政治的にも同様である。ドイツの国力とルクセンブルグやスウェーデンを比較すると容易に理解できる。

EUではすべてが政治的にそして民主主義手続で単独の国家の政治的横暴が抑制されているがゆえに、EUがここまで発展してきた。今回欧州委員会の長の選出も同様で、以前は国家の首脳が、ラクマンが言うまったく知名度に欠ける長を選出してきた。今回は欧州議会選挙で勝利した政党の指導者をというように、より民主主義的に改めている。

それが欧州石炭鉄鋼共同体からEUへと発展していくEUそのものである。イギリスは常にそうしたヨーロッパ統合の蚊帳の外にあり、ジャン・モネが指摘しているように、イギリスは成功した時に、それに追随してきた。

 EECEUの前身)にイギリスが加盟したのが欧州石炭鉄鋼共同体創設から21年も後のことだったことを思い出せばいい。

実際、先の2度の欧州を舞台とする世界戦争で、勝者も敗者も疲弊し、国家権力が時にそれを守るべき国民に大虐殺を命じるというその悪の除去に始まっていた歴史的事実をイギリスという大陸の外にある彼は、全く理解できていない。

ユーロについて言えば、危機を克服せよといいつつ、相対的に安定化すると、ESM条約とFiscal Compactという財政条約を持って財政安定化を図り、現在のユーロの相対的な安定化に向けたユーロ・グループのユンケルらの努力には触れずに、依然として危機を強調する。ユンケルこそがユーロ・グループの長として、ラフマンが望んだユーロの安定化に最大限努力した指導者であった。

ユンケルはユーロ救済とユーロ安定化のための緊縮財政を強行したがゆえに、ギリシア他の加盟国にたいするその政策で塗炭の苦しみを経験することになる南欧諸国民の怨嗟の対象とさえなった。ラクマンは、それさえ失念したのかである。

ラクマンはEUレベルでなされた賢明な努力には目を向けず、ユーロをやめてしまえという議論である。

 そしてその議論は、今度は欧州委員会の長の指名、選出に及ぶ。欧州議会選挙などなかったかのように。欧州議会選挙結果は欧州委員会の長の指名に関わる重大事であることがリスボン条約で明記されているにもかかわらず。

 ラクマンの議論は、28か国で実施された欧州議会選挙で展開される政党政治での7割の政党の合意によるユンケル支持を、民主主義のために、これまた無視せよということで、キャメロン同様、イギリスが母とされる議会制民主主義をすっかり忘却したかのようである。

 ラクマンが言う民主主義の基準は、イギリスという、ローカル化されつつある議会の与党の意思、すなわち欧州議会選挙ではそのEU政策の誤りで、UKIPに大敗したイギリス与党の政権の主張でしかない。

あるいは、ただただEUに対する条約上の手続に関する理解をまるで欠いた意味のない不満だけである。

 

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