児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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奇妙なる仏のナショナリスト、E・トッドEmmanuel Toddの書、『ドイツ帝国が世界を破滅させる』 文春新書2015年 下

 一見科学的を装いつつ、実に非科学的なイデオロギーを展開しているだけに過ぎない。現代を語るとき、歴史的と称して、都合に合わせて、清算された過去の事例を持ち出す。

 EUについても同様で、多くの事実認識に問題がある。なにより、EUの歴史について、その認識の問題を指摘しよう。

EUは元々、ソ連に対抗して生まれた」という。(21頁)

 これは、よくある誤解で、全くの事実誤認である。

 1950−70年代に活躍した著名な仏人国際政治学者レイモン・アロン Raymond Aronは、EUの成り立ちについてEUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体を導くことになった1950年5月9日のシュ−マン・プランについて60年ほど前に、以下のように述べている。原文も併せて示そう。

「閣僚理事会に提示されたシュ−マン・プランはいかなる意味でもソ連に対抗するものではなかった。そして冷戦の道具であるよう企図されたこともなかった。」

The Schuman plan, as presented, to the Council of Ministers, was in no way directed against the Soviet Union, nor designed to be a tool in the cold war. p.3. Historical Sketch of the Great Debate in France Defeats EDC.1957.

 EUは、対ソ戦を前提としてすでに東欧圏への軍事的圧力と勢力圏の拡大を進めるソ連に対して、関係の悪化を見ていた米国に主導され、形成された北大西洋条約機構(NATO)ではないのである。

 しかも西ドイツが1949年4月設立のNATOに加盟するのも1955年のことである。

 ちなみにシュ−マン・プランが宣言された5月9日をもって現代では「ヨーロッパの日」となっている。

 トッドに戻っていえば、自分の独善というべき印象で物事を語ってもらっても困る。

 当時はまだ欧州各国はドイツの軍事的支配と蹂躙が悪夢の思い出として、記憶に新しく、このドイツの脅威をどうして永久に除去するか、ドイツの非武装の確保ということが、フランスをはじめとする欧州各国の関心事であり、独仏の対立の除去が主眼であった。

 実際、米仏合作で映画にもなった「パリは燃えているか」とヒトラーが、パリ市防衛軍司令官コルテッツ( Dietrich von Choltiz)にたいして、全市破壊計画の実行を叫んだのは、1944年8月のことである。

 シュ-マン・プランは、ドイツによるパリ占領と、その解放からわずか6年にもならない未だフランス人には屈辱的記憶として焼きつく頃の出来事であった。 

 対ソ戦の必要からのドイツの再軍備は、依然としてフランスでは許しがたい現実であったからに過ぎない。

 最大の安保の課題になる対ソ戦を想定した西ドイツを加えた軍事組織の必要がフランスで受けいれられるのは、米国の強硬な申し入れにあった。それがなければ、フランスはドイツの再軍備を認めることでは、さらに遅れていたことだろう。

 すなわち、もしフランスが西ドイツの再軍備に反対し続けるならば、米国が駐欧米軍を引き上げるという米国の強いフランスへの要請を契機とするものであった。

 米国のソ連に対する脅威とドイツ再軍備についての認識とフランスのそれとでは、大きく開きがあった。

 過去のドイツは既に存在してない、それゆえ、今は無力化されたドイツの軍事力を活用すべきであると米国は考えていた。このように、ドイツ第3帝国に蹂躙されたフランスと米国との対独認識には大きな差があった。

 この時期のフランスについていえば、対ソ脅威の認識の前に、依然として対独脅威の認識が強かったのである。

 この点、米国とフランスの両者には大きな相違があり、それを基礎にした対ソ戦準備についても、大きな意識のズレがあった。

 フランスでは、やむを得ず、というごとく始まったドイツ軍のヨーロッパ軍への再編の計画は、プレヴァン・プランの形で始まる。そしてあの単一欧州国家の創設に近づくと思わせる欧州防衛共同体とその流産があった。

 しかし欧州防衛共同体については、フランスの国民議会がその条約の批准に反対し、それが不可能となり、最終的には、NATOの中に西ドイツを組み入れることで、米国の要求は実現する。

 したがって、EUがソ連に対抗して生まれたなどは、俗説であり、事実誤認である。

 トッドについて言えば、20世紀の中葉の政治史の認識でも問題だが、21世紀の現在のEUについての事実認識でも、極めて雑駁で、独善的である。

 彼は、欧州委員長の選出について、「メルケルはヨーロッパ委員会の委員長に、ルクセンブルグ首相のジャンクロード・ユンケルを据えた」と書く。24頁。

 これも誤りである。

 2014年5-7月の話だ。欧州委員会の長の選出は、リスボン条約を持って、新たな欧州議会の権限となった。

 欧州委員会の長の新任命手続、すなわちsitzenkandidatenといわれる政治過程は、私が近著『欧州統合の政治史』(芦書房2015年13章)で分析している。

 簡単に言うと議院内閣制に接近するというべくも画期的な統治機構の変化であり、それまで欧州委員会の長の指名と決定の権限をほぼ独占していた欧州理事会が、それまでとは違い、欧州議会の選挙結果を考慮することを求め、最終的には欧州理事会ではなく、欧州議会がEUの行政府の長を選出するというEU条約の変更を導入した。 

 しかも、メルケルは、トッドの理解とは違い、ユンケルを欧州委員長として提案することに逡巡してさえいた。

 国家主権の最後の砦である欧州理事会が、ただでさえ提案権にグレードダウンされてしまったその指名権限を、欧州議会によって、有名無実にされかねない恐れがあったからであった。

 なにより、欧州理事会では指名においてさえ、加重特定多数決でありドイツ一国で左右できることではない。「メルケルがユンケルを欧州委員会の長に据えた」など、事実無根の、世迷言であり、トッドの恣意的かつ情緒的認識でしかない。

  2009年発効のリスボン条約で打ち出された新たな規定と、EUにおけるその実践の政治過程には全く無知であることを露呈している。

 仏蘭西でも、自国の関わった現代史を正確に理解しているわけではない、いや意図的に自己の都合の良いように理解することがあることの実例である。

 ベルギーの欧州大学院大学に留学し、ヨーロッパ統合を学び、爾来、欧州政治を30年以上研究してきた。

 だが、わが国で、こうしたいかがわしい書が、あたかも権威があるかのごとく人気を得つつあるということ自体、日本人の欧州認識の未熟さを感じる。すなわち、わが国の民主主義というものについての政治的認識の劣化を表すのか、と一種、暗澹とした気持ちにさせられる。

 蛇足だが、この書の帯には、売らんがための出版社の意向もあるのだろうが、「現代最高の知識人による世界情勢論」とある。ホンマかいな、という思いだ。「現代最高の知識人」も安くなったものだ。

 フランスでは、歴史的には、ディドロ、ダランベールなど百科全書派アンシンクロペディスもいる。そして、ルソーやモンテスキューなどがいる。彼らは、数百年を超えても評価される思想家である。

 それこそ世界一流の学者たちを輩出しているフランスだが、フランスの国力の低下は、かくのごとき、知的荒廃を生むのか。トッド類にたいして、最高というのかね、ということだ。フランスのまともなインテリなら首をかしげることだろう。日本だけに特異にも、受け入れられる思想家ともいえる。

 現代最高の知識という表現は『全体主義の起源』みすず書房1972-74年)で、スターリン主義とナチズムの本質を、理論的に白日の下に暴いたハンナ・アーレントレベルで使ってほしい表現である。

上は以下、

奇妙なる仏のナショナリスト、E・トッドEmmanuel Toddの書、『ドイツ帝国が世界を破滅させる』 文春新書2015年

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3865

 

 

 

 

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