児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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21世紀に日本でEUを語ることの意味

  夏の終わりから、東京青山のNHK文化センターで、講座を担当している。
 2010年の講座に続き、5年ぶりとなるもの。前回は2011年の1月から3か月にわたるラジオ講座として放送された「歴史再発見シリーズ、ヨーロッパ統合の政治史」となった。そのためテキストも執筆した。そのラジオ第2での放送は、同年3月の、いわゆる3.11の大震災を挟んでのこととなった。

 

  今回受講対象者は異なるが、この場所で、上記のテキストを基礎に13章を加え、新たに今年5月に出した拙著「欧州統合の政治史」(芦書房2015年)を基にして、ヨーロッパ統合にかかわった政治指導者苦悩と苦闘をテーマにして、話している。

  大学の講義も同様だが、90分をいかに楽しんでいただくか、工夫している。

  学生さんには試験があり単位があるが、こちらは、純然と、知的好奇心で集まっておられる皆さんだ。しかも多くが年配の方だ。

  すこしでも分かりやすく、リアリィティを感じていただくために、関係する場面やドキュメントなど、サワリの部分を映像を見ていただくこともある。

 映画「パリは燃えているか」Paris, brûle-t-il を前回解説していた。

  これはパリ全市破壊命令の実行の有無を確認するヒトラーの言葉なのだ。
 これが実行されていたら、国民議会も、オペラも、ポンヌフも、エッフェル塔も瓦礫と化していたことだろう。そうなれば、フランス人の数世紀に続く対独怨念を招き、独仏協調を中核とする今日のヨーロッパ統合はあり得なかった。

 すなわち、EU研究者としての私もいなかったし、この講座もなかったことをお話ししていた。

   昨日の講座では、受講者が講座の後、先々週話したあの映画、入手して見ましたよ、といわれた。わざわざ申し出られたのは、楽しまれたからだろう。講義に積極的な反応があるのは、話し手として、何より嬉しいことだった。

 ユーロ危機や難民問題で大変なEUである。解体論、消滅論も喧(かまびす)しいこの頃だが、ヨーロッパを戦争に巻き込んでいた独仏間の戦争が永久に除去された、そのことだけでも、ヨーロッパ統合の画期的意味がある。

 今回は「ジャッカルの日」ドゴール暗殺計画をEUとの関連で少し話しした。
 これはアルジェリア独立との関係で起こる事件だが、EUとの関係では、今は司法警察協力として組織化されている、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)とパリ警視庁のテロリスト関係の警察協力の部分が統合の深化の事例として参考になる。
 またなにより、1960年代前半、暗殺者ジャッカル(エドワードフォックス役)がイタリア国境から、アルファロメオのスポーツカーでフランスに入る出国と入国管理の場面。これなど、この数年後に関税同盟の完成とともに、撤廃されることになるので、実にお宝映像である。

 50年前の欧州の状況を今と比較して名画で確認するのも、楽しくかつ意義あることだ。

 難民問題も含め、多元化し、国際化し相互依存を深める国際社会である。その中で、国家は21世紀においてどうあるべきか、その人類の壮大な実験の最前線で苦闘してるのがEUである。

 その苦闘の日々に、「えEU、あんなものもうアカンで」などと切り捨てる態度ではなく、少しでも共感していただければと、欧州政治で禄を食むものとして、思っている。

| 児玉昌己 | - | 10:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
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