児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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ホッとする卯の花の4月入り 東京出張と第55回小城春雨祭りのことなど

 4月入りした。四月の別名は卯月。卯の花に由来する。

 卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて・・・ 

 これは文部省唱歌「夏は来ぬ」(1896年発表)の冒頭の一節である。120年ほど前の歌。寒の戻りで、桜の開花も遅い今年の春だが、それでも4月だ。

 卯月入りを前にした3月28日に、西日本新聞社と共催の久留米大学比較文化研究所欧州部会の共催の講演会を実施。これを終え、博多に泊まった後、23日の東京出張。

 芦書房の中山社長、佐藤取締役に会い、またメディア関係者では、日経の瀬能、毎日の森忠彦さんと情報交換。

 東京出張の間、43年ぶりの同志社ESSの磯部君(前日鉄商事執行役員)など、懐かしい再会もあった。

また大学関係者とは、本学の関係者で在京の、文部省OBで名誉教授の大家重夫先生が呼び掛けて、森(文部省元内閣審議官)、図子先生(国税キャリア)、張の各先生(台湾)が顔を出され、にぎやかな再会となった。

 図子先生とはその後カラオケから、新宿ゴールデン街にまで案内頂いた。

 SNSで名所になったのか、あのエキゾチックに見えるひしめく店のネオンサインに実に多くの外国人がカメラを向けていた。

 エスパが出向いたそのうちの店。

 33年ほどの歴史があり、演劇関係者が多くみえるとのことだ。カウンターのルリ子さんとご挨拶ができた。また出向くこともあろう。

 ただ、独りでなら、果たして見つけられるのかというほど、店が軒を連ねていた。

 帰着して、昨日は、佐賀県の小城で開催される春雨祭り第55回に出てきた。

 こちらは長崎検番の芸者衆がきての華やかな踊りとお唄の会。母校同志社の大先輩でもある現七田会長の天山酒造のご配慮。

 同酒造が、長崎の丸山の料亭花月との関係で、先代らが開いた会だ。 以降、長く小城市の協力を得て続いている会だ。

 幕末期に小城藩の藩士柴田花守が海防勤務の息抜きに上がった丸山の花月で、春雨の歌を作り、芸者さんが音をつけて、広まった。浦賀にペリーの黒船が来航する少し前の弘化3年(1846年)のことで、これを記念している。

 端唄春雨はもとより、長崎ぶらぶら節など、天領長崎の伝統を受け継ぐ長崎検番の芸者衆の舞いとお囃子、長崎に14年勤務したものとしては、熱くなるほどに懐かしいものだった。

  ともあれ、楽しい再会と出会いの時であった。帰宅すれば、4月の始まり。新年度のスタートである。

参考ブログ

2013.04.07 Sunday 小城(佐賀)春雨祭りに雨をついて出る

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3436

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