児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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興覚めの2017年民進党代表選挙

 民進の代表選挙で前原が選出された。

 私にしてみれば、野田、蓮舫、前原、枝野は、菅、鳩山(由)とともに、東日本大震災の危機への対応、尖閣中国漁船問題への対応、政治を見世物にした「仕分け」、公然たる反民主主義というべき比例定数の80減の要求、消費者減税に関する食言などなど、国民の政治への期待を裏切り、自民の独走を許した元凶という意味で、多くの国民同様、いわば「戦犯」だと思っている。

 それゆえ、最も腹立たしい思いで見ているひとりだ。というより、ほとんどブログでもとりあげることもなかった。実に、書くに値しないとみているからでもある。

 本来、「政治はバランスである」という恩師故脇圭平(同志社教授ドイツ政治)の教えの通り、野党の存在は,政治に緊張感を持たせるということで、重要すぎるほどなのだが。

 イデオロギー的には、この政党とそう遠くないであろう朝日新聞は2か月ほど前に以下の記事を出している。

「どうせ民進党はなくなる」幹事長辞任…内部にも解党論 朝日2017年7月26日

 みじめなものだ。

 実際、 都民ファーストが受け皿となって、民進をだれも相手にしていない。

 先の代表で言えば、一国の総理大臣にもなる可能性のあるものが、自身の国籍問題さえまともに答えられないという信じがたい状況だったから当然といえばいえる。

 蓮舫の代わりとなる前原については、「言うだけ番長」とのニックネームもある。国民の蚊帳の外で代表選挙で、メディアもその扱いだ。

政党支持率でも7%程度で、ほとんど自民一強を維持しているだけだ。

英語の党名は未だ「民主」。政党名さえ自信のない政党を、だれも相手にするはずもない。

この野合的野党は、都民ファーストの国政進出の動きの中で、確かに解党、消滅することだろう。

 政治家の責任は国家の権力と国民の生命財産を預かっているという意味で、なによりも重く、チャンスはそうそうあるわけではない。いや1度しかないといえる。

 それを食いつぶした者たちが責任をとることもなく、相も変わらずズラリと表舞台に勢ぞろいしては、あきれてものも云えない。

 興冷めとはこれをいう。内部から、強い危機感で、若手が出てくるということもみない。

それにしても、わが国では、保守のパイが、1994年(平成6年)の公選法改正の後、抜本改革されることもなく、ただただ定数削減だけが実施され、小選挙区制度のもとで、膨大な死票は太りに太り、社民勢力がほとんど受け皿ともども消えてしまった。

 それがいまだ社民勢力が多く比例代表制の下、強固な基盤を持つ欧州を対象とする政治研究者から見ると慚愧に堪えない。

(敬称略)

2012

1-4 毎日用語解説と日経坂本英二編集委員にみる選挙解説の問題


2016.02.23 Tuesday デマゴギーと大衆迎合 誤った「約束」に立った定数削減論議
 
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2010.02.2325仏誌ヌーベル・オプセルバトゥール誌上に日本政治に関する私のコメント掲載さる 上中下

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