児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
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お友達内閣の無責任きわまる終焉
 後期初めての学部の会議の最中に、安倍総理の辞任表明を聞いた。
 大いに驚くとともに唖然とする。安倍政権とはいったいなんだったのだろう。まともな実績もなく、ただただ国政を混乱させて、そして最後は無責任極まりない辞任劇だ。一体何のための先月27日の組閣であったのか。まだ2週間ほどではないか。この政権の眼前にある現状の厳しさは誰の目にも見えていた。
もし、安倍が言うように、求心力を失ったとすれば、それは参院選挙惨敗直後からのことであり、今に始まったことではない。しかも所信表明演説をして、代表質問に入る直前のことだ。
 一体何のための所信表明だったのか。国会をそして国民をかくも侮辱する行為もない。まさに敵前逃亡そのものだ。かくも美しくない行為、さらに言えば、醜悪な行為があろうか。この程度の人物が国家における美を語っていたのだとしか言いようがない。
 実際、100年を越える日本の憲政史上において、個別の大臣ならいざ知らず、組閣後、わずか17日間で自らが作った政権を放り出す首相など、きいたこともない。前代未聞とはこのことだ。
 安倍首相について言えば、参院選の期間中での無様な人事采配で、民主から見れば、敵失を繰り返し、民主党に棚ボタを提供し続け、惨敗の主因を作り続けた。
 この首相にたいして、敗戦責任論を主張し、批判を繰り返し、敗戦後、請われて厚生労働大臣に就任し、全く精彩を欠いた内閣で独り気を吐いて存在感を見せていたのが枡添参院議員である。だが、これからというときに任免権者から階段をはずされてしまった。まったく、ピエロみたいで、同情に堪えない。
 組閣といえば、天皇の国事行為として認証まで必要とする国家の最重要行事の1つである。その組閣について、これを結果として、「大臣選びゴッコ」とでもいうように私物化した首相として安倍氏は記憶されるだろう。実際、かくも無責任な首相もこれまでになかった。
 お友達内閣、お友達政治、閣僚の不祥事のみならず、自己の政治指導の不手際について、説明責任を最初から最後まで何も果たさなかった内閣、それがこの総理と内閣に与える後世の評価となるだろう。
北朝鮮と社会保険庁の官僚だけが喜ぶことがないよう、後継者を選ぶ自民党にお願いしたい。自民党もがけっぷちだ。これ以上のへまを続けると、確実に参院の二の舞である。
 いずれにせよ、政権政党の責任において、すみやかに衆院選を実施してもらい、民意を問うてほしいものだ。安倍後継は、その衆院選のための選挙管理内閣であるという認識を持つべきである。
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| - | 2007/10/14 10:20 AM |

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