重村智計(ともみつ)「外交敗北 日朝首脳会談と日米同盟の真実」 講談社2006年6月
この書は、きわめて幸いも頓挫した小泉の日朝国交正常化交渉を事例研究にした日本外交に関する近年にない名著である。
「外交敗北」という表現で、日本の北朝鮮外交がいかにでたらめであったかを赤裸々に書いている。
自民党のみならず社会党の政治家たち、そして彼らに毒された外交官が展開した国対政治の延長としての、偽の外交のでたらめさが実名で、余すところなく描かれ、これを指弾している。
拉致被害者救済には尻を向け、対北朝鮮外交を私的に利用し、私利私欲と自己の売名のために活用したかを。そして、彼らの偽りの外交が、外交本来の相手を間違え、北朝鮮の嘘で固められた工作員らに逆に利用され、国民の血税である大量の物資が何の見返りもなく、北朝鮮に垂れ流され、あるいは騙し取られてきたかを。それらが容赦なく書かれている。
政治家の事例としては、古くは、金日成にうまく乗せられ、土下座外交を展開し、膨大な食糧支援を提供した自民元幹事長の故金丸信や、拉致を長く認めず、北朝鮮の代弁人として機能した村山や土井らの社会党幹部、近年では、正規外交のルートからはずれ、個人プレイに終始し、拉致被害者団体からも強い反発を招いた警察官僚出身の平沢勝栄や、驚くほどの奇妙さで登場し、山崎拓などの事例が語られる。
それに外交官としては、「わずか10名の拉致被害者ために日朝国交正常化をだめにするのか」といいはなった槙田邦彦アジア局長、Mr.Xという秘密警察幹部との私的ルートに依存し、正規外交を逸脱し、拉致被害者救済に背を向け平気で彼らを切り捨てた田中均アジア局長などが厳しく非難されている。さらには、その指弾の矛先はアカデミズムにも向けられている。
朝鮮半島問題専門家としてメディアでもてはやされならが、まともな判断ができず、拉致被害者の救済には機能せず、結果として北朝鮮擁護に堕している某教授についても、厳しい批判が浴びせられている。
重村は、自己が長く所属したメディアにも同様、厳しい目を向けている。
的確な判断もできない大学の朝鮮半島の「専門家」を馬鹿の一つ覚えに登用し、不明確な情報を現在でも垂れ流し続けている報道関係者の無能さをも彼は問う。北朝鮮外交の報道に当たって、メディアは明確な視点を果たして持っていたのかと。
特にメディアの中でも、政治部の記者に対しては舌鋒鋭い。彼らは、外交取材の経験がなく、国際政治に疎く、政治家との時に癒着ともいうべき特別な関係をもち、その中で、記事を書く傾向が強い。それが生む北朝鮮報道の問題が鋭く指摘される。
著者、重村は言う。「国民の生命財産を守らずに何の国益か、国益とは国民の利益であり、国民の利益を忘れた国家の利益は、全体主義国家の思想である」と。
長くワシントンとソウル支局で北朝鮮問題に取り組んできた重村の愛国心と憂国の情、無様な政治家や官僚への腹の底から湧き起こる怒りと憤懣、そして拉致被害者への深い同情と愛情が、一気に書き上げさせた。それがこの書である。
推薦する理由は以下にある。
重村がその北朝鮮への姿勢と思想において、終始一貫しており、ブレていないからである。あれこれ言説を常に変える自称専門家、つまり偽者が多数いる。知った風な口をききながら、堅固な思想がないから、中身が状況によって、常に変わる。そんな偽りの「知識人」や「専門家」、「情報通」が多いなかで、彼は北朝鮮外交にかかわる際の価値基準を明瞭に、以下5点に示している。
1.白昼公然と、ならず者国家により主権を侵害されたという認識があるのか、2.拉致被害者の救済に真に努めたのか否か、3.北朝鮮の核開発は日本の平和と安全を直撃する最大級の問題である認識があるのか、4.そして国交正常化交渉では、日米同盟への配慮はあったのか。5.関係者はこれを私利私欲のため利用したのか、否か。この観点から、一貫して関係者を評している。
実際、外交のありかたについて、重村には堅固な見識がある。とくに北朝鮮みたいな、ならず者国家は、通常の国家とは異なり、秘密警察が強固に存在し、その頂点に独裁者がいる全体主義国家である。そんな国家の政治において、合理的判断などありえない。すべてが独裁者の意のままで、官僚は秘密警察を含めて、この独裁者の意向の下で右顧左眄する。つまり、金品をばら撒き歓心を買い、保身のために平気でうそをつく。信頼を築くすべがないのがこの国家であるという、この当たり前だが、十分理解されていなかった北朝鮮の政治の様態についての卓見からである。
さらに通常は、一般に核兵器開発阻止は、米国の問題だという認識があるが、そうではなく、被爆国の日本こそが、核不拡散、つまり核開発の阻止こそが、わが国自身のあるべき外交理念であり、実践としての対象でなければならないという視点を一貫して持っているところにある。また対米関係、日米同盟は配慮されていたのかも、重要な要素としてあげている。
外交の敗北により、取り返せない失態を犯し、しかも、彼が生存と断言している横田さんを始めとして、依然として北朝鮮に拉致監禁されている被害者の救済も放置され、解放はまだ一部に限定され、関係者の苦しみは継続したままである。
ここ15年の、そして、とりわけ国交正常化交渉過程では、あろうことか、拉致被害者の存在には目を瞑(つむ)り、これを切り捨て、一部政治家と外交官の功名とりに終始した。この目も覆うばかりの、無様かつ愚劣な北朝鮮外交があった。
この敗北を直視し、そこから学ぶことだけが、再度の失敗を防ぐための手立てとなる。
北朝鮮の核ミサイル開発は、日本の平和と安保を揺るがし、平和憲法を痛撃した。そして国家主権が侵され、現在も多数の日本人が拘束され、隷属下におかれ、そして独裁者に利用されたままである。かくして、北朝鮮外交は、現下の日本外交の最大の課題である。
国家とは何かを考える人、そして朝鮮半島問題へのかかわりと日本の外交に関心あるすべての人に一読を強く勧めるものだ。