今回の台湾の学生の3・18非暴力抗議運動についていえば、3つのスローガンを掲げている。
「退回服貿」、「台湾光復」、「暴支膺懲」がそれである。
「退回服貿」とは運動のきっかけとなったサービス貿易協定の撤回、「台湾光復」はまさに読んで名の通り台湾の自主独立。
最後は「暴支膺懲」。中国の傲慢さを懲らしめるということである。
ちなみに膺懲(ようちょう)という表現は、日本では、今では耳にすることがなくなって、漢字表記だけでは読めない人も多いことだろう。
時代と文脈は全く異なるが、戦前日本帝国陸軍が、1937年の盧溝橋事件以降使用した用語でもあり、軍歌の中にもあるほど、広く国民をとらえていたといえる。
もとより、それは帝国主義と侵略主義肯定の誤った理由づけであり、理解ではあったのだが。
余談になった。話を戻せば、当然のこととはいえ、対中関係の中で、台湾人のアイデンティティが、強く意識されているのである。
すでにブログで書いた「両岸関係」という言葉は、大陸中国が唯一合法政府であるという立場と、中華民国としての国家的地位を死守する両者の妥協の産物が生んだ表現である。それぞれを国家としては認めていないという事実に基づく表記である。
「唯一の合法政府である中国」という表現は、わが国と中国の国交正常化交渉でわが国が認めた中国に対する基本的な認識である。
李登輝の訪米の際、彼は「中華民国」を国家として、米国に認めさせたかったが、米政府も対中国交正常化を済ませており、李登輝の願望は叶うことはなかった。ただし米国は武力的手段での台湾解放には断固防衛する姿勢を維持したのであるが。
歴史を言えば、台湾の国民党政権は、1972年に中国と入れ替わる形で、国連代表権を失い、国連から追放され、国際社会でも国としての地位を失い、大半の国家との国交関係を失って、現在に至っている。
日本政府で言えば、佐藤栄作総理の時代だ。米国の頭越し外交で、キッシンジャーの極秘訪中(1971)が知らされ、ぶぜんとした総理の表情を覚えている。翌年ニクソン訪中。わが国も国交正常化に乗り出した。
私も大学2年から3年にかけての頃で、国際政治の苛烈さとダイナミズムを学んだのである。
台湾の地位についての表記で、最近のことでいえば、たとえば、APECへの加盟はChinese Taipeiとなっている。
ただし、過酷な国際政治の環境下にあっても、経済的には世界有数の国家として、外貨保有額、対外資産は群を抜いている。
こうした中での、学生運動の標語である「台湾光復」という言葉が掲げられているということは、じつに意味深い。
台湾の学生運動に示される新たな政治の波について、BBCは上述の記事で、この地の特派員が以下書き送っている。
「中国政府はこの島はいつか、再統一されるときには、自国の1省となるものと未だに考えているが、(この学生運動の動きに)ピリピリしながら注視していることはたしかだ」と。
It is safe to assume that Beijing, which still claims the island as a province to be reunified one day, is watching nervously.
そして、以下続ける。
「もし学生運動が成功すればだが、それは、政党ではなく、その人々がこの島の運命を決めるという安全装置を付加することになり、台湾のさらなる民主化をもたらすはずである」と。
If the students succeed, it could mean a further democratisation of Taiwan, with additional safeguards to let the people, not any political party, decide the fate of the island.
まったく同感である。
中国といえば、民主化、人権に背を向け、少数民族の支配を強化し、他方で、共産主義という衣を羽織った絶大な政治権力を背景にして、止まることのない腐敗と、汚職にまみれ、特権的共産党幹部の子弟、いわゆる太子党が権力を継承していく一種「赤い王朝」と化している。それが、現在の中国共産党政権である。
自国民を保護すべき保健衛生など後手、後手であることは、安全な水や、空気、食物、赤子の粉ミルクさえまともに確保できないことで、周知の事実である。
その中国の政権は、3・18運動を、李登輝と陳水扁以来最大の危機として、両岸関係という台湾関係を最大限、注視しているはずである。
建前的には同じ中国語を話すが、民主主義という観点から見て、政治体制の質において雲泥の差がある中国と台湾である。その台湾での学生運動の高まり。
影響力を増す中国への不安と脅威の反映であるといえる。
他方、台湾からみればその脅威の対象である中国は、国家を超え、国境を超えるインターネット社会の中で、台湾の近年先例を見ることがなかった民主化運動について、自国への波及も恐れていることだろう。
「台湾光復」、「暴支膺懲」。実に中国共産党を震撼させる政治スローガンである。
そういえば、昨日午後訪問した台湾国立歴史博物館での表記は「漢人来臺」であった。実に台湾のアイデンティティを示す表記であった。
参考記事
What unprecedented protest means for Taiwan By Cindy Sui BBC News, Taipei
26 March 2014