児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
「刑事フォイル」(Foyle’s War 2002年放映開始)が面白い

  趣味は何かと問われたら、読書は研究者でそれを職業としているから当然のことだから、あまり意味がない。

以前はカラオケなどと答えた。それはもとより今もだが、最近は、少し変えている。

最近は、テレビ。といっても日本のバラエティはほとんどみない。安げなクイズ番組か、もしくはタレント(才能)なき自称タレントの高笑いにうんざりするからである。

それでAXNミステリーで欧州各国の刑事司法ドラマを観ることと答えている。

 イギリスからフランス、ドイツ、スウェーデン、イタリアとかの国の国民的刑事ドラマが多数放映されていて、録画でみている。時間を見つけてとにかく見る。言葉や社会の勉強にもなる。刑事ヴァランダーや、同じくスウェーデンの刑事ドラマ、「ドラゴンタトゥの女」は出色だった。前者はイギリスでリメイクされ、後者は映画化されたが、テレビの原作の方がいずれも、時間的にも濃厚で、断然面白い。

 最近始まった「刑事フォイル」(2002年放映開始)が実に面白い。Foyles War(フォイルの戦争)というのが原題である。海辺もある地方都市で働く警視正の物語。時代は大戦期。大学に通う息子も召集で空軍に入隊するという設定である。

 第2次大戦中のイギリスの社会と世相が実に活写されて、目が開かれるほど。 

 特に 第1話の「ドイツの女」では1940年のイギリスが扱われているが、そこでは国家保安法の下、ドイツ人など敵性国民の強制的隔離収容が行われていたこと、その中で、特権的階級による情実による差別的処遇も行われたことなども興味深い。

 第2話は、大戦初期、ナチス第3帝国が初戦で圧勝し、ベルギー、オランダ、フランスが次々と陥落し、大陸派遣のイギリス軍将兵35万が同年5月ダンケルクに追い詰めれる状況を目の当たりにして、敗戦とドイツによるイギリス本島侵略さえも意識する国民の重苦しい雰囲気があったことをこの刑事フォイルで確認できる。

 この時期、ナチスの席捲に幻惑されて、イギリスでも反ユダヤ主義も一部に広がっていたことも知ることができる。

 実際、モズレーなどの黒シャツ党の活動などが起きており、これなどは、同国の裏面史というべきであろう。この刑事ドラマは、それらを背景として、プロットが構成されている。

 原作はアンソニー・ホロビッツ(Anthony Horowitz 1955年生。

 彼自身がユダヤ人家庭に育って、戦時下のイギリスにおけるユダヤ人差別などの体験を聞いてこの物語を書いたことが理解できる。

 ともあれ、未知の世界を知り、新しい世界を獲得できて、実に楽しいテレビ鑑賞だ。

 

 それにしても、英米の戦争を扱った映画などを見て常に想うのは、我々(親の世代ではあるが)は、この戦争のどちら側にいたのかということである。

 安倍総理にそれを素朴に問いたい。英米の戦争を扱った映画などを見て胸が痛むのは、おそらくドイツの戦後生まれのものも同様だろうが、まさにそのことである。

 追記

 第1話で自動車に乗れない警視正のフォイルに上司が陸軍の兵士をつけてくれる場面がある。指名された運転手の名はスチュアート。やや時があり、オフィスに到着したのがなんとサマンサ・スチュアート。すなわち思いもしない女性であった。「君がスチュアートか」とフォイルが一瞬絶句して、つぶやく。
 まさか運転手というから女性とは思わなかったのだ。意図して導入された巧みなプロットだ。

 実はこのやり取り、私にも似た経験がある。

 欧州大学院大学同級生で、バリスター(法廷弁護士)から交通事故に遭ってその後ヨガの先生に転身し、新しい世界で輝いているスチュアートがいる。

 本人が、「スチュアートとは、高名な米国の映画俳優ジェームズ・スチュアートがいる一方で、僕の名はスチュアート・ハンブリン。 ファーストネームでもファミリーネームでもこの名前は使うから、ややこしいんだ。」そういっていたのを思い出した。
 フォイル刑事が驚くその場面で、記憶が鮮やかによみがえり、テレビの前で笑ってしまった。

 欧州大学院大学の30周年同窓会も近い。スチュアートに会えたらこの刑事フォイルでの話をしてみるつもりだ。

 

| 児玉昌己 | - | 19:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
オバマとシンゾウ 日米共同記者会見の異様

 今日のブログのタイトルは、オバマとシンゾウとした。

 シンゾウとはいうまでもなく、安倍総理のファーストネームのことだ。

 実は、この共同記者会見、指摘していたテレビ局もあったが、異様でもあった。シンゾウがバラクと日本語で、複数回言及したが、オバマの顔は一瞬こわばっていた。

 ファーストネームの使用について言えば、通常は、相手にそう呼んでいいかと尋ねて、相手もそれに同意して使うべき性格のものである。

 シンゾウは、ロン、ヤス(ロナルドレーガンと中曽根)あるいは小泉、ブッシュを意識して、そのように、それを演出したかったのだろう。

 だが、まったく無視されていた。むしろ大統領には不快感さえ与えていたはずだ。片方がオバマで、相手がシンゾウなら、バラクと呼ばれた側は心臓にも悪く、不快であることがわかるはずだ。

 実際、バラクと呼び捨てにされた(相互にそう呼ぶ合意がなければ、結果的にそうなる)当のオバマ大統領からは、親しみを込めたシンゾウという表現は最後まで出なかった。

 靖国参拝に米国は怒っているのである。明治神宮を訪問地にしたことは強烈なあてつけだったのである。

 

 オバマにすれば尖閣の安保第5条の適用範囲という明確な立場を与えただけで、日本からTPP交渉で、得るものはなかったというもので、外交の基本である相互譲歩win win、あるいはgive and takeという観点からは、米国にとっては、まったく不満の残るものだったことを、我々は自覚すべきだ。TPPからの日本外しも一部に叫んでいる米議会は硬化するだろうということも含めて。

 今朝、ナチス憲法発言で大慌てしたばかりの麻生は、またしても不用意にオバマ大統領について、中間選挙に関連して、彼の力量を侮る発言をしている。

 そうした言葉は、ただでさえ不満を残した今回の国賓としての訪日について、さらに米国の不興と怒りを強めることになる。そんなことも、この大臣は理解できないのかとがっかりである。言わずもがなのことだ。

 この歴史もまともに語れない大臣にはハナから期待していないとはいえ、相手に不快感を与え、結果、わが国の立場を貶めるそのレベルを改めて知らしめるものであった。

 さっそく次の訪問国の韓国で、オバマ大統領は慰安婦問題に触れて、「人権の重大な侵害」と発言している。

 しかも安倍政権はそれを韓国にいわされたのだとさえいっている。米国も舐められたものだ。

 というより、米政権のシンゾウの歴史認識に対する見方を正確に認識できていないということでもある。国家主権を体現する国家の代表として、他国に「いわされている」など、ありえない。実に不遜かつ傲慢極まりない危険な認識である。

 不都合な真実の前に、韓国に「いわされている」など、相手(米国)側を舐めて語ることは、無能な指導者や低級の新聞がなすことである。

 安倍総理は侵略戦争の定義はないなどという前に、世界が第2次大戦、大東亜戦争の歴史をどうみているか、それを知っておくべきである。

 

 もとよりそれは何より、表面の親密さを装いつつ、意識せずに米大統領を呼び捨てにしたシンゾウ君自身にいえることなのだが。

 敬称略

参考記事

【社説】「TPPは「日米主導」ではなかったのか」日経新聞2014-04-26

政府高官「韓国側に言わされているのではないか」産経新聞425

<米韓首脳会談>米大統領「慰安婦、重大な人権侵害」毎日新聞 425

参考ブログ

2013.12.29 Sunday安倍靖国参拝について 反省に立ってとは何の反省かね上下

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3590

http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20131229

2013.08.02 Friday 民主主義国家日本の品格を著しく貶める麻生副総理のナチス憲法発言上下

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3508

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3509

 

| 児玉昌己 | - | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
「キムチスタン」の韓国? 上 修学旅行のせいにされかねないセウォル号沈没事件

 韓国の旅客船沈没での乗客救助は遺体搬出という痛ましい展開を迎え、それさえも遅々として進まない。オバマ大統領が3日後にも訪韓するというこの時期に至ってもである。

朴槿恵(パククネ)大統領は、ほとんどの乗客を放置し早々に避難した船長を「殺人に等しい」と声高にいう。苛立ちはわかるが、行政府の長がこうしたことをいうであろうか、という気持ちがある。

 感情をむき出しにしても転覆船舶の救助に一義的に責任を負う政府の責任は否定できない。自らの政権の責任を回避するためではないかと、むしろ誰もが思うだろう。

 政治と社会に最高の責任を負う者として、行政の長がなすべきは、船長を叱責するより、自ら貴重な時間を放置した国家機関の無能ぶりを謝罪すべきなのである。

 沈没船からの修学旅行生らの救助救出は、今や救助というより、遺体搬出という過酷な現実となりつつある。実に、不幸極まりない。

 政治の側にとってのこの不都合な真実を前にして、自らの責任を問うのが普通の政治指導者の態度である。

  スポーツの勝敗に往々にしてにみられるように、他国や他者に対し、責任を問うことで自己を満足させてきた感のある韓国だが、今度は修学旅行が悪いということで、廃止になるようだ。しかも、修学旅行は集団を強制する日帝時代の遺物だからという。

「ウリナラ」という言葉で、個人的な利益や欲望を押し隠す国家であるようだが、社会における団体生活や規律を教える意味で大切な修学旅行ではないか。それが、ではなにゆえ、今まで継続されてきたのか。一定の意味が評価されてきたのだろう。

 しかるに、この悲惨な事件では修学旅行が悪かったといいはじめている。おかしな議論だ。

 事故は修学旅行が引き起こしたのかね。そう問いたい。そうではないはずだ。

 無理な船体の改造、整備不良、過積載、不徹底な固縛、事故時の避難と誘導の指示が全くなされなかったという出鱈目さ、そして遭難後の救助する側の海警の判断ミスなど現政権を含め、上げたらきりがない。

 まさに無責任の塊というべきで、大人社会の側に100%ある。修学旅行とは無関係の話だ。

 船舶の船長以下乗員と、政府の危機管理がまともに機能していれば、修学旅行は安全に実をあげていたはずである。

 若い命を一挙に犠牲にする悲劇であったとはいえ、修学旅行を持ち出すことで、事件の本質を押し隠すかのようである。

 修学旅行でなくとも、今回のような無様きわまる人為的な重大過失によって大事故が起きれば、同一学校の生徒でなくとも、多くの若者を含む被害者の生命が奪われる。そのことでは、両者に差はなく、同じである。同一校の死者が出なければよいというのだろうか。

 日本から見ていて韓国社会で生きることは辛いだろうと思うことがある。

 それは、常に他者志向、比較、比較の優劣を求める強い社会的メンタリティがあるからである。その最たるものが、社会を覆うランキング志向である。

 この悲惨な事件に触れたブログでも指摘したように、中央日報はまずランキングを持ち出していた。驚くべきことだと思った。

 もとより、その社説はそれらが虚しいというまとも感性での言及である。

 日頃ランキングに一喜一憂し、それに異常なほど気を遣うメディアもようやくその愚に気付き始めたかということだ。

社説 韓国は「三流国家」だった。2014年4月19日 中央日報

 そうである。ランキングより、その中身が大切であり、他者志向、上昇志向の極め付けというべきランキングなど、どうでもいいことだ。

 1位であっても、日ごろの精進がなければ簡単に転落するであろう。ランキングなど、自己以外の者がおこなうのを参考にすればいいだけである。

ランキングなど外見的事項より、中身の充実こそが図られるべきである。東大を出たからといって、未来が保障される程、この世は安易な世界ではない。ソウル大学を出てもそうだろう。

 実際、スェーデンやカナダなど国際的に高い評価を得ている国家や社会がある。

 彼らが、ランキングを意識し、異常に気にしているなどきいたことがない。多くの先進国が同様だろう。もとよりどの国も問題を抱えているが、国家と社会の評価は極めて高い。

後半は以下。

「キムチスタン」の韓国? 下 修学旅行のせいにされかねないセウォル号沈没事件

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3667



 

| 児玉昌己 | - | 00:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
茫然自失の韓国 進まぬセウォル号被災者救出 

 韓国は進まぬセウォル号被災者救出という事態を前に、茫然自失というべき体を曝している。
 実際、事件発生6日目だというのに、悪条件が重なり、救助は全く進んでいない。
 時間が経過すればするほど、人命救助作業というより、残酷で悲劇的だが、遺体搬出作業ということになる。関係家族の心痛は察して余りある。 

 有力紙、中央日報は、韓国は「三流国家だった」と社説で書いているほどだ。
   それはいう。
 この超大型災難の前で、私たちは「安全政府」に対する期待と希望までが沈没してしまった、もう一つの悲しい現実に直面した。世界7位の輸出強国、世界13位の経済大国という修飾語が恥ずかしく、みすぼらしい。木と草は強風が吹いてこそ見分けることができるという。一国のレベルと能力も災難と困難が迫った時に分かる。韓国のレベルは落第点、三流国家のものだった。
【社説】韓国は「三流国家」だった 2014年04月19日10時15分 中央日報
また朝鮮日報も同様だ。
 早々に下船して救助された船長の無責任を記事の題材にしたコラムは以下いう。
 世界銀行が韓国を「開発途上国」リストから除外したのは1997年のことだ。1人当たり国民所得が1万ドル(現在のレートで約100万円)を超え、「先進国クラブ」と呼ばれる経済協力開発機構(OECD)に加盟したことが反映されたのだ。
・・・・・国連のコフィー・アナン前事務総長は「先進国」についてこう定義している。「全ての国民が安全な環境の下、自由で健康な生活を送れる国」。
 この点で韓国は依然、途上国のままだ。
コラム】韓国社会にごまんといる「セウォル号の船長」: 2014/04/19 朝鮮日報
 
 わが国ならば、こうした社説見出しが起こりうるだろうか。
 海のチェルノブイリと形容されるレベル7の炉心融解と、深刻な放射性物質の止まらぬ漏出という原発禍で今も苦しんでいるのが、福島である。それに相当するだろう。 
 だが、未曾有の自然災害であったこともあり、プレスはそうした見出しを出すこともなかった。
 国家創設以降、IMF危機を乗り越え、ここ10年初めてというべき経済発展と国威発揚に沸きたっていたのが韓国である。朝鮮日報がいうようにわずか16年前まで途上国だったのだから。

 だが、彼らにとって自らを「3流国家」と位置付けるのは実に屈辱的ことであろう。
 実際、事故が人災によって生まれ、しかも対応にあたるべき船長が無責任にも救助義務を放棄し、早々と下船したという事実に加えて、その後の沈没船を前にして、300名近くの船内の多数の修学旅行生を含む被災者の救助にほとんど無力であるというそのことによる。

 21日の今日に至って、救助の当事者である韓国海警(わが国の海上保安庁)の判断ミスの責任さえ指摘されるほどだから、国民の国家への不信、そして無力感も宜(むべ)なるかなである。

 旅客船沈没:交信記録で海警の判断ミスも明らかに 朝鮮日報 2014/04/21

 今回の海難事故では、わが国は救助の支援を早々に申し出たが、安倍内閣の歴史認識問題もあって、一蹴された。
 対日強硬策で、最近は孤立化を国内からも批判されている朴槿恵政権だが、その危機対応能力について、メディアは懐疑的となりつつある。
 ことがことだけに、日本の責任を問うわけにもいかないし、海難救助では先進国というべきわが国に依頼することもありえない。

  沈没の原因として、わが国から購入後、無理な改造をしていることに加えて、今度は、過積載疑惑と操舵の技術問題が取りざたされている。
 ことがなんであれ、セウォル号の置かれた現状の厳しさは変わらない。
 人災は起こさないことが肝要だが、起きてしまえば、日本ならどうするか。
 海保特別救難隊を扱った映画「海猿」の教育隊の上官の言葉が思い出される。「人命救助という言葉は美しいが、現実では、その任務の多くがさらに過酷なものとなる」と。他人ごとではないのである。

 急流、悪天候、低海水温、沈没船の深度など、この厳しい環境下では、独自の救助に向けた対応が可能か。しっかり、研究がなされる必要がある。わが国こそ周囲を海に囲まれている海洋国家なのだから。
参考ブログ
2014.04.19 Saturday
 痛ましい韓国フェリー沈没
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3635
 


 

| 児玉昌己 | - | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
17回久留米ツツジマーチで高良大社に上がる それを詠む 海鳴庵児玉

 さわやかな風を受け、ツツジの久留米を歩き、1400年余の歴史を持つ筑後一之宮高良大社に上る。歌3首を詠む。

 

 

 大社(おやしろ)を 登り登りて ツツジ花 噴き出す汗に 風の清(さや)けき


  大社(おやしろ)に 春は来たりて ツツジ花 足下の苔に 古(いにしえ)をきく

 

 

 春来たり ツツジの久留米 マーチにて 汗の後には ビールのマーチ

                  海鳴庵児玉


海鳴庵児玉昌己句歌集2014年前半

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3649

                   

                   

 

| 児玉昌己 | - | 11:31 | comments(0) | - |
第17回久留米ツツジマーチ20キロを初体験する


  昨日は、久留米ツツジマーチ20キロウォークに出かけてきた。
 同志社久留米クラブの皆さんと。福岡からの参加組もあり、20キロと10キロ組合わせて16名。最高齢は79歳の秋島元会長。その健脚は驚くべきものだ。会を纏められてた秋島さんには、今回、事前に、杖となる手ごろな竹を切り出していただいていた。一生モノの厚意である。
 出身校の同志社ということで言えば、高良大社の参道からわずかに外れた所に、同志社の始祖、新島襄の久留米来訪を記念して植えられ巨木となったカタルバも見ることができた。
 
 コースは市内を川沿いに歩き、その後、その高良大社を、前年度とは違い、一気に正面から上りあがるというもので、ばらつきのある石の階段を延々と上るコース。
 あれは年配の人にはすこし酷ではないかと思った次第だ。
 こちらはそのことをきいていたので、昨年の下関の維新海峡ウォークでの足の不調の二の舞にならないように、テーピングで補強していた。それで、大事に至らずに済んだ。
 頂上に立つと、ツツジに包まれ、楽しいことであった。
 難所の高良大社の石段を上りあがれば、後は下りと平坦な田舎道。最後のチェックポイントの山川小学校では、ほぼ達成感に満たされる。
 天候にも恵まれ、シューズメーカの大手ムーンスター(旧月星化成)などの大会関係者のサポートで、市中心地の中央公園に全員、無事戻ってきた。
 皆さんさわやかな顔で完歩を喜び合った。希望者で久留米温泉につかり、汗を流し、思い思いの酒を飲み、晴れ晴れとした気分で帰路に就いたことだった。
 このウォーク祭り2日間、それも10、20、40キロとコースがあり、自身の力量に応じた選択ができる。

 全国のウォーキングファンの方々、久留米にもぜひおいで下さい。

参考ブログ
2014.04.12 Saturday 久留米ツツジマーチにエントリーする
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3649
 

| 児玉昌己 | - | 07:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
痛ましい韓国フェリー沈没

 事故現場の映像を見て、海猿を思い起こした人もいたことだろう。海上保安庁の特別救難隊の活躍を描いた映画「海猿」のことだ。

 アチラは映画の世界。こちらは現実の大惨事。

 船が日本製と報じられたのは驚いたが、その後、購入した韓国の運行会社によって、負荷のかかる改装がなされ、安定感を損なっていたとの報道もある。それに何かの理由で、操船ミスが加わったのだろう。

 事故の現場は深度37メートル。流れもきついということで、3日になるのに、まだ救難隊の船内に進入が報じられたものの、救助の報がない。

 海水温は10度程度というので、浮遊物などの障害もあり、作業は極めて短時間に限定されたものになるであろうということで、実に厳しい状況だと日本の海保関係者が語っていた。

 若い女性乗員が修学旅行の生徒の救出に全力を尽くし、自らは命を失ったという報道がなされる一方、操船に責任を負う船長が最初に脱出したことも、不幸にして巻き込まれた家族にとって、さらに苛立つものとしている。

 そういえば、2012年のイタリアの豪華客船コスタ・コンコルディアでも同じことが起きていた。

 何はともあれ、一刻も早い人命救助と多数の乗客の救助の報が望まれるばかりだ。

 日本も対岸のこととしては済まされない。海に囲まれた国家なのだから。

 なお、韓国政府の発表によると、18日現在で、船の乗客乗員数476人、救助者数174人。行方不明者は274人。死者は28人。

| 児玉昌己 | - | 00:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
教員であることの喜び

 大学の教員であることは、研究者であり、研究の喜びが挙げられる。

 もっとも、研究の喜びを失っている教員もいるようだが、それは勤務校に対しても、学生諸君に対しても面白くないことである。

 大学の教員は、研究者であるとともに教育を施す役務も持つ。

 しかも、教室で相対するのが、輝かしい未来が広がる若者である一方で、いまだ混沌としているがゆえに、大変でもある。だが、楽しいこともある。

 巣立った教え子が遊びに来てくれることである。

 過日、中学から大学まで一緒だったという仲良しのかつてのゼミ生がともに嫁いで、赤ちゃんを連れてそろって訪問してくれた。

 私も孫がいてもおかしくない年齢だが、彼女たちの赤ちゃんを抱っこしていると、未来あるベイビーちゃんたち、これからたくさんの経験をしていくのだと思うと、不思議な気がしてくる。

 またこのご時世、就職が決まったという報告を受けることもである。

 就職が決まらずに、卒業したゼミ生がいて、気になっていた。そして、数日前、彼から電話。ハロ-ワークで面接に行き、冠婚葬祭関連の会社に無事内定をもらったという。同じく決まらずに卒業した教え子も同じく採用ということだ。

 一番に電話してきたというので、まず親だろうといって、ともに喜んだところであった。

関連ブログ

2008.02.13 Wednesday 頑張れ山田悠子、そして全国の就活戦士たちhttp://masami-kodama.jugem.jp/?eid=1068


| 児玉昌己 | - | 08:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
春はあけぼの 春菊の味噌汁を詠む 海鳴庵児玉
 

 春はあけぼの、そんな新学年の初めての日曜日の朝。春菊のみそ汁が香ばしい。それを詠む 海鳴庵児玉

 

 

 

 春菊の お味噌の汁の 苦味みこそ 大人のみ知る 春の味わい

                      海鳴庵児玉

| 児玉昌己 | - | 12:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
近づく欧州議会選挙と欧州政党による予備選挙のこと 下

   すでに2009年12月にリスボン条約が発効して以降は、欧州議会選挙結果で欧州委員会の長が決定されるのは、既定路線であり、加盟国28か国はそれに合意して、この現行EU条約が実施されている。

 しかも、欧州議会を実質的に支える欧州政党は1位者が行政府の長になる「自動性」を強く意識して、党内での長候補者の予備選を実施している。

 「自動性」(automaticity)という表現はメルケルが、政府・欧州理事会の提案権を簒奪されかねない危機感を込めて語った言葉であったのである。

 EUの政治の党派性化は以前から議論されており、それゆえ、今頃何をという感じがある。

 なにより、欧州議会選挙の投票率の低減傾向は顕著である。

 欧州議会に投票に行っても、政権の構築につながらない限り、有権者は何のために投票するのか、まったく誘因を持たない。

 国家の議会の選挙にたいして有権者が投票に出向く誘因はそこにある。

 欧州議会選挙の意味を行政府の選択ということに置く限り、EUの民主的正統性の確保につながることは論を待たない。

 イギリス系の議論を聞いている限り、思うことがある。

 例えて言えば、ロンリーウルフの遠吠えだと。

 ただし、彼女は、もとより、EU懐疑派や反EU派ではなく、EUの機能性を評価し、それを宣伝してイギリスはEUに残留すべきという主張であり、そのことに反対ではないのだが。

 ただ女史の理解を超えて、ユーロという単一通貨を得たことで、その価値の維持のため、加盟国の通貨主権と財政主権をさらにEU機関に譲渡していく連邦的統合の形で、欧州統合は急激に進んでいく。

 すでに、欧州理事会のなかにユーロ圏からなるユーログループが形成されている。それにとどまらず、今や欧州議会にまで、上記の理事会を分断して存在するユーログループ同様、ユーロ圏内か圏外かで、欧州議会を分断する形で、「ユーロ圏議会構想」が出ているほどの速度で、EUの連邦的統合の深化が進んでいる。

 イギリスはユーロ圏外にあり、しかもシェンゲンにも加盟していない。

 行政府の長の選出に関する欧州議会の関与の強化は、今に始まったわけではなく、欧州憲法条約から打ち出されて、リスボン条約によって導入された既定路線である。これに異議を唱えるのは遅すぎるだろう。

 ユーロ圏外にあり、シェンゲンにも加盟国していない状況では、イギリスからEU全体を指揮する欧州理事会や欧州委員会の長を出すには、実質的には不可能になりつつある。それを心配すべきだろう。

 ちなみに、欧州議会選挙の投票率も、イギリスは主要国では最低レベルを維持している。

 ともあれ、欧州議会選挙の現地調査に向けた調整を進めているところである。


参考資料 

http://www.cer.org.uk/sites/default/files/publications/

attachments/pdf/2013/esy_commissionpres_11oct13-7937.pdf#search='heather+grabbe+president'

参考ブログ

来年(2014)5月の欧州議会選挙について 上下

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3555

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3557

 

| 児玉昌己 | - | 08:07 | comments(0) | trackbacks(0) |

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