児玉昌己研究室

内外の政治と日常について想うことのあれこれを綴ります。
11月も最終日の日曜 

日は飛ぶように過ぎていく。いよいよ明日から12月。大学はすでに推薦入試を終えて、2月の本番を迎えることとなる。

1月にはセンターで2月、3月は同じく入試。この間当然講義などは続く。実に忙しいのがこの季節だ。入試も多様化したし、研究もあるので、大学人は年がら年中忙しいともいえる。土曜日は宮原文学部教授のゼミ生と7年続いている外交ゲームを実施した。

この金曜日は、勤務校で責任者をしている比較文化研究所欧州部会で、東大のドイツEU政治研究者、森井裕一先生に講演を頂いた。

 先生とはこの夏、九大の八谷先生が組織しているEUIJ九州でのクリスチャンセン教授(マーストリヒト大学)を招いての英語のみの国際シンポジウムで、友人で大分大にいるスティーブン・デイとともに招かれて、一緒に欧州議会の現状を話したが、それ以来の再会である。

 森井先生は、琉球大学、筑波大を経て、東大の大学院に戻られておられる。

 私とのことで言えば、久留米大学に着任する前の年、長崎純心大での最後の年に、東大のドイツ・ヨーロッパ研究センターDESKに招いていただいて、サンテール欧州委員会の総辞職の話をさせて頂いた。14年も前のことだ。

 今回、天神サテライト教室での講演後、久留米まで来ていただいて、なじみの食事処であれこれ閑談し、実に楽しいひと時だった。


参考サイト久留米大学比較文化研究所欧州部会

http://www.mii.kurume-u.ac.jp/hikakubunka/ohshu_19.html




| 児玉昌己 | - | 08:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
英独立党UKIPの議席獲得の票数にみるわが国の小選挙区制度のグロテスクさと定数削減論の愚昧さ
 英下院議席ゼロだった英独立党(UKIP)が10月の補欠選挙に続いて今月またしても保守党からの離脱組のマーク・レックレスMark Reckless42%を集め、16,867で、13,947の保守党候補を2,920票差で破り、2議席目を獲得した。ちなみに3位は労働党候補で6,713。投票率は50.67%。

 英保守党は20155月でに行われる選挙で、この反EU政党に食われて、来年の総選挙では、野に下りそうな気配だ。
 比例制の欧州議会でEUを批判しながら、得票を伸ばしたのがこのUKIPである。

 EUから離脱すれば、反EUの単一争点政党がその争点を失い、かつイギリス政治で小選挙区制度に阻まれ、ただの泡沫政党に逆戻りだとおもいつつ、これをみていた。
 少しはEUと比例代表制で民意を正確に組み上げるEUの民主的な選挙システムを構築している欧州議会に感謝せよという気持ちだ。
 日曜発行の「ザ・メイル」が掲載した
Survationの世論調査では、これを次期総選挙に当てはめれば、 100議席以上を取得するとのことである。
もっともイギリス下院は小選挙区制であるがゆえに、25議席程度ともいわれている。

 ところで、今日このブログで指摘したかったのは、このUKIPの下院進出や当選者の獲得票でだけではおよそない。欧州やイギリスを研究することは同時に日本を見ることである。
 指摘したいのは、UKIPに関連して、日本の選挙制度の異様さについてである。

 まず、イギリスの下院では、上記にみるように、16千票程度で国会議員に当選するという事実である。そしてイギリスと比較して、日本では当選にはどれだけの票がいるかということである。

 実際、日本では先の2012年の衆院選の落選者をいえば、東京3区で、12万票でも落選している。

 ちなみに、総選挙で最低得票で当選したものの事例を言えば、前回の2012年高知1区の自民前職で、44,027である。イギリスの3倍近くの票が当選に必要である。

 12万票で落選するということは、膨大な死票を出しているということである。わが国の小選挙区がいかにグロテスクかをこれは示している。

 すなわち、一部の欧州政治の知識を大きく欠く政治学者、巨大メディア、維新などの政党が、デマゴーグみたいに垂れ流す議席過大論と削減論とは違い、わが国は12500万もの人口がいながら、衆院定員が人口比ではイギリスの半分以下の、わずか480でしかない。イギリス風に言えば、1300名の議員がいてもいい勘定である。しかるにただでさえ少ない議席数を比例とで分けているために小選挙区での有権者数が肥大化し、そのため死票も半端でなくなる。

 その結果、日本で選挙をすれば何が起きるかといえば、各選挙区での膨大な死票の発生である。しかもそれが合法的に行われている。
 小選挙区で投じられた半数以上の票が死票になる。以下ブログしたところである。

死票は3730万票、死票率56.0% 虚構の2大政党制

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3356

 これこそ最高裁がまさに憲法違反とすべき状況である。

 その深刻さは、最高裁が問題としている特定の選挙区の問題にとどまらず、全体に及んでいるというから深刻さが分かろうというものである。

 最高裁がはその審理に際して前提とする現在の制度に乗ったまま、違憲判決を出しているが、地域を標準化する議論では、事態は永久に解決できない。

 それをやると、地方が代表を失い、確実に死ぬからである。最高裁もその判決のもつ政治的衝撃と意味を考えるべきである。

 他方、イギリスでは同じ小選挙区制度とはいえ、人口6100万程度で議員は650(650の選挙区)もいるため、議員は、1.5万で当選できている。もとより、イギリスとて、各選挙区で死票を膨大に積み上げていることには変わりがない。
 最低でもドイツ型の比例代表制に転換すれば、わが国やイギリスの死票の問題は解決できる。政権がコロコロ変わり、前政権の政策が覆されるいわゆる敵対の政治による政治の不安定さも解決できる。

 見よ、中選挙区制廃止と小選挙区導入後の、わが国の政治の不安定さを。

 如何にわが国の選挙制度がグロテスクな小選挙区制度であるか理解できるというものである。

 政治家よメディアよ、国会議員定数過大論が出鱈目であるという事実に加え、財政再建のためという削減という主張が、実に愚昧な議論かということである。

 国民の代表を減らして民主主義国家をどこに持っていこうとするのかである。寡頭制の非民主的国家にするつもりか。

 民主よ、維新よ。名前だけは立派だが、民主は、相変わらず定数削減を唱え、まさに民意を虐殺する非民主党である。

 国家の革命に命を懸けた維新の志士(その結果自らの士族階級も滅ぶほどだった)たちは、21世紀にあって、その名だけを冠したこの政治集団について、維新とは真逆のその大衆迎合の後進性について、泣いているよ。

 比例代表に傾く大幅な定数削減を是として、結果として、小選挙区の強化と地方殺しの論に加担する産経新聞も西日本新聞も同様だ。西日本新聞については以下ブログで批判した。

 西日本新聞よ、貴紙は民主のメディア支部かね 1 バランスを欠く選挙制度(議席削減)の社説

 

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3053

 財政再建なら政党助成の大幅削減で十分である。なぜ政党は定数削減をいうのか。

 実際、議員は国民に代表であり、およそ代表削減といったテーマは民主主義の根幹にかかわるもので、財政再建論で扱われるようなものではない。

 いい加減、各政党は、そしてそれに安易に乗った巨大メディアはデマゴーギというべき主張をやめるべきである。同じ小選挙区でも、1.6万で当選するまだ庶民に近いイギリスの議員と12万でも落選するわが国の異様な選挙制度のグロテスクさをである。
 定数の据え置きもしくは拡大と、本格的な比例代表制への転換でもってしか、この問題は解決できない。比例に置き換えれば、問題となっている一票の格差など瞬時に解消する。

 ねじれも起きないし、連立形成時のごたごたはあるとしても、いったん政権を構築すれば、安定した政治が続く。 言われていることとは全く違うのである。

 ドイツの政権は、社民政権と保守政権が入れ替わりつつ、自民や緑を取り込みつつ、あるいは大連立で、安定した政権を運営している。

 何より比例が民意を反映しているからである。

参考記事・ブログ

UKIP wins second seat in Westminster EurActiv 21/11/2014

前回2012年の総選挙の最低得票当選者と最高得票落選者については以下。

得票数、最多は自民・河野氏 9万票超で落選・4万票強で当選 日経 2012/12/17

http://www.nikkei.com/article/DGXDASFS1700Q
_X11C12A2EB1000/

2010.05.25 Tuesday 議員歳費と議席の削減論について 4 先進11カ国の人口比別国会議員定数

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2364

| 児玉昌己 | - | 13:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
夜のウォーキング それを詠む 海鳴庵児玉

  ひんやりとした夜、いつもの散歩道の街灯の下、鋭角に見える景色でウォーキングが別世界となる。歌に詠む。





 裏路地の 遠近法の ウォーキング 光いざなう 異次元世界

                     海鳴庵児玉

| 児玉昌己 | - | 12:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ウルトラマンと著作権」 大家重夫久留米大名誉教授から近編著届く
  著者の一人である大家先生は1934年生まれで齢80。小倉高校から京大法学部に学び、文部官僚として任官退職後、久留米大学法学部に移籍されて、面識を頂いた。

現在退職後、東京にお住まいである。今でも元気をいただいている。

しかして、タイトルにあるウルトラマンを生み出したファミリーである円谷家の英明氏とその著作権にもかかわりを持たれる上松氏と3名で、資料も入れて、500頁を超える大著を今回、上梓された。以下がそれだ。

上松盛明・大家重夫編「ウルトラマンと著作権ー海外利用権・円谷プロ・ソムポート・ユーエム社」(121日発行、A5判約5404500円+税)

まずはおめでたいことである。

それにしても本の表紙がいい。ウルトラマンを直ちに想起できる赤とシルバーで、ブックデザイナーのセンスが光る。

ウルトラマンは周知のごとく、テレビでブレイクし、それが中国政府のNo2 だった温家宝国務院総理のお孫さんを含め、世界中で愛されている。関連グッズも多数販売され、知らぬものはない。 

しかし、不幸にして、その陰では、著作権、海外利用権をめぐり、国際レベルで訴訟となって、日本国と、タイ国、そして中国の最高裁でも審理されていた。

日本はアニメや劇画分野で世界を席巻する実力を持っている。

ウルトラマンやガンダム、エヴァンゲリオン、ドラえもん、千と千尋などに代表されるアニメは平和国家として世界に誇るもので、その実力はまさに100個師団に相当するというべき、わが国のソフトパワーである。

この本のテーマは広く国際私法の重要なケースを扱っており、先生がお書きのように、エンターテインメントにかかわる法、著作権法、裁判管轄権などに興味のある方に是非とも読んでいただきたいものである。

 なお日本マンガ学会著作権部会・ウルトラマン研究会では、第2回「ウルトラマン紛争を考える」が開催されるとのことだ。

演題と講師陣は以下。
円谷英明「円谷英二とウルトラマンと円谷プロ」(40分と質疑)
上松盛明「ユーエム社とウルトラマン海外利用権」(40分と質疑)
大家重夫「ウルトラマンをめぐる日本・タイ・中国の裁判と判例」(40分と質疑)

日時  2014年12月9日火曜日午後6時から9時まで。

場所 日本弁理士会館2階
(千代田区霞が関3丁目4番2号・電話03-3581-1211
霞が関ビルの裏、特許庁の横。

入場無料。但し、資料代 4000円。

詳細は下記

http://www.jsscc.net/study-group/cyosaku/2014-02

参考ブログ

 

2012.02.04 Saturday パブリシティ権に関するピンクレディ訴訟と大家重夫久留米大学名誉教授

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3070

2010.07.25 Sunday 政治家の「まんじゅう本」のこと

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2454





| 児玉昌己 | - | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
大義なき解散と映画「マーガレット・サッチャー:鉄の女の涙」

 師走を目前としたこの時期、庶民はバタバタと忙しいのに、いよいよ大義なき、なくもがなの衆院解散と総選挙である。

 自宅では昨夜CATVで録画しておいたある英首相の伝記的映画を観ていた。メリル・ストリープが元英国首相のマーガレット・サッチャーを演じた2011年『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(原題:The Iron Lady)である。

国家の最高権力者としての史上初の女性首相にして、当時最長在任期間( 在任197990年)を務める女性の人生を扱ったもので、イギリス政治に関心がある人は必須のものだ。

単に出世物語、成功物語ではなく、家族との苦悩、卑賤、富貴を問わず、だれにでも来る、老いての苦悩なども扱われている。

彼女は1959年に下院に初当選するが、それは普通の家族者としての終わりの始まりでもあった。実際、庶民院とはいえ、富裕層が跋扈する男性社会にあって、その中を妥協を許さない、まさに庶民出身の鉄の女として生きていく。

 歴史に名を残す炭鉱労働組合との激突、フォークランド戦争。自身も奇跡的に惨事を逃れた北アイルランド独立派(Irish Republican Army、略称:IRA)のテロとの戦い、人頭税問題、そして専門家として私が最も関心があるEUとの衝突もわずかだが、触れられている。

 彼女を抜擢し、後に対EU関係で正反対で対立を深める親EU派のエドワード・ヒース首相、彼女の子飼いで後継となるジョン・メージャー、彼女に引退の引導を渡すマイケル・ヘーゼルタイン国防相、ジェフリー・ハウ外相、院内幹事など、容姿を似せた俳優たちで、彼女の保守党党首、首相としての政治は、私の若き日のロンドンの時代とベルギーのブルージュ(ベルギー)留学時代とも重なり、興味が尽きない。

 映画で面白い場面を挙げよとすると、彼女の独特な声音を扱った箇所だろう。メリル・ストリーブが見事に演じている。イギリスにいた時、私も彼女のこの特異な声に、イデオロギー上の違和感もあって、特に不快感を感じた一人である。

だが、この映画で、最高の場面は、鉄の女が発したセリフである。

 日々の思考が人格となり、そのものの運命となるという言葉だろう。

 メリルを通して女性首相は言う。

「現代の問題は、人は、思想とか理想に注意を払わず、感覚でものを語るものによって指導されていることである。日々の思想の習慣がそのものの人格となり、人格がそのひとの運命(destiny)を形成していく。考えるものに人はなっていく。」

 思いつきや大衆への迎合の感覚(feelings)ではなく、日々鍛えられた理性と思想による政治こそが、政治家の資質であるべきと彼女は言い放つのである。

 素晴らしい洞察と言葉だ。

 父君の言葉だというが、彼女の政治指導の評価は、別として、政治の頂点に立ったものとして、また現在にもつながる20世紀末の政治家のマインドあるべき姿を説き、政治は、習慣化された日々の思考が作る人格において行われるべきという彼女の政治哲学の本質を伝えるものとして、素晴らしい。

 そのセリフの原文は以下だ。

“Do you know that one of the great problems of our age is that we are governed by people who care more about feelings than they do about thoughts and ideas.”
Watch your habits, for they become your character. And watch your character, for it becomes your destiny. What we think, we become. My father always said that.

 

 いよいよ、解散総選挙で、政治の季節入りだ。

 鍛えられた日々の思考を背景とする運命というべき信念で、個人の栄達のことでなく、国家と社会のために、国政に取り組んでほしいものだ。

参考ブログ

2013.05.06 Monday 故サッチャー首相の呪縛 上 地方選での保守党惨敗と反EU党UKIP大躍進http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3456

2013.04.09 Tuesday サッチャ元首相死去

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3437

2010.07.25 Sunday 翻訳の困難さ、サッチャー回顧録の微妙な部分

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2453


 

 

| 児玉昌己 | - | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
成長した娘からの写メイルの料理、その感慨を詠む 海鳴庵児玉
 

 

夕飯の 整えられし 写メイルに あの稚児(むすめご)の 時代(ころ)の懐かし

                     海鳴庵児玉



参考歌

海鳴庵児玉昌己句歌集2014年後半

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3723



| 児玉昌己 | - | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
大義なき解散 首相の誤算 650億円の無駄

 2か月前には全く考えられてもいなかったはずの解散への動きだ。
 首相自ら、タイミングを誤り、墓穴を掘るのか、そう思った。だれもが今回の解散劇を不可解に思っていることだろう。
 首相経験者の子女というだけで、父君の死と入れ替わりで政治に入ってきて、自己の政治資金の管理も他人に任せ、何に使ったかも不明というレベルの女性議員を将来の首相候補などとおだて挙げて、閣僚に起用して、挙句の果てその目玉を含め、2人の女性閣僚が政治資金について、醜態をさらし、閣僚の任命権者たる首相本人の「わきの甘さ」(佐瀬防大名誉教授)を示した。

 まさに、なくもがな内閣改造だった。そして今度はなくもがなの衆院解散である。
 今首相が口にする解散の大義は、消費税率だが、その引き上げは法に記載されており、実体経済を見極めてという留保条件も付いている。政治的判断で、どの首相も延期できたはずである。今でも馬鹿げた解散などやめようと思えば止められる。首相の権限はそれほど大きい。今、不毛なエネルギーを消費せずに、国政を継続せよといいたいところだ。
 想いをめぐらせば、陰りの出てきたアベノミックスをこの段階で問い、あわよくばさらに4年、合計6年の安倍政権のシナリオを描いていたのかもしれない。

 実際、解釈改憲の企画と、法整備は、野党から次期政権がたてば、その政権がそれに反対するものなら、すぐに消滅する類のものである。だが解散のタイミングは彼の思うようには進まなかった。
 日銀の第2次バズーカの威力も、日本の7〜9月期のGDP(実質国内総生産)が、2期連続でマイナス成長と発表されるや、あっという間に、消え飛んで、株価は一転大幅下落。今日少し戻したとはいえ、国民には特に円安で物価高に苦しむ庶民にとって、経済回復は十分実感されていない。輸入業者は青息吐息である。

 今、残りの2年で、経済を軌道に乗せるべき時であるが、解散だ。
 政府の経済検討会合に出た民間の経済アナリストも口にしていたが、解散議論など凍結して、経済対策に当たれということだ。あきれてものが言えない。
 別段この政権を支持しているわけではないが、今のままの選挙なら、自民幹部の町村氏も言うごとく、現状への不満の票が他に流れ、前回の議席をむしろ減らす可能性が高い。政権運営が厳しくなる。そう見るのが、自然だろう。
 自ら、不要な、火中の栗を拾うという表現がぴったりの解散への動きである。選挙制度の抜本改正も手つかずである。
 民主のあの無様な4年の政治の後、政局でなく、国政をのみ考えてもらいたい。国民経済はいま踊り場なのだから。

参考記事

なぜいま解散 自民ベテラン「議席減るのに」若手は歓迎朝日 20141113http://www.asahi.com/articles/ASGCD54NWGCDUTFK008.html

参考ブログ

これが小選挙区選挙の実態だ 下 死票は3730万票、死票率56.0% 虚構の2大政党制

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3356

2012.01.31 Tuesday 比例80削減は、民意の「扼殺」 4 衆参の議席は国権の最高機関の機能の保障であり、財政改革の対象ではおよそない

http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20120131

2009.02.12 Thursday 民主という党名が泣いているよ―愚劣極まりない民主の選挙制度改革案

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=1700

 







| 児玉昌己 | - | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
最近うれしかったこと 研究することの意味 ネット時代の効用
  
  ネットサーフィンしていると私の古いイギリス石油政治の論文が引用されているのを知った。 

資源エネルギー庁がアップした「主要国エネルギー安全保障政策の変遷」がそれである。私の31年前の論文である。

1 エネルギーをめぐる課題と今後の政策 1 各国のエネルギー安全保障の定量評価による国際比較序節 「エネルギー安全保障」概念の本質 3 主要国エネルギー安全保障政策の変遷http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2010html/1-1-3.html

その論文とは同志社の博士課程後期在学中に書いたもので、1973年の第1次オイルショックと、第4次中東戦争を背景にした石油危機の激化を受けたイギリスの石油政治の実相を捕捉した論文で、学位論文の「H・ウィルソン労働党政権下における北海石油国家管理政策の形成」『同志社法学』168号1981年と、いわば2部作になっている。

 その後、研究の軸足をEUに移していく直前のものだ。

 取り上げていただいたのは、国営石油公社 BNOC とイギリスの石油政治()国営石油公社 BNOC とイギリスの石油政治() BNOC and the British Oil Politics
http://jairo.nii.ac.jp/0027/00020307

 わずかに引用されている程度のことだが、それを深めたいと思う人が、それで調べることができる。関連する事象について、引用するに足ると判断される論文と国家機関である資源エネルギー庁に認められたことが、ここで重要なのであり、嬉しいことなのである。

 実際、学位論文ともども、この論文は、私の研究の転機となったもので、在英留学中に、戦略研究所(IISS)の図書室に通いつつ、資源という実体経済の前でイデオロギーがどう機能するのか、しないのか、政治学の観点から書いた。

 1973年にEU加盟国となるイギリスがEU法制下に置かれていくそれを横目で見つつ、一国研究ではもはやその国の政治を見ていくことが困難になりつつあるという確実な予感を肌で感じつつ、同志社での修士論文を発展させて書いたものであった。

 上下両院の議会議事録Hansardに加えて、それまで日本語でも見たことがない企業業績を、すなわちBNOC(英石油公社)のバランスシート、貸借対照表もみていた。

 ついでに言えば、この公社、後に「敵対の政治」の対象として政治権力、すなわち次の保守党政権により見事に潰されることになる。

 ところで、大学では近年、文科省の助成を受けて、それまで膨大になされてきた過去の研究論文の蓄積のデジタル化と公開化が進んでいる。

 経産省資源エネルギー庁のその論文での私の論考の引用は、こうした流れと成果を受けてのものである。

 今は、この画期的な政府による大学や研究機関へのデジタル化の働きかけで、居ながらにして、インターネット検索で簡便に利用できるようになった。

 必要な論文が書斎で、あるいは研究室で取り出せ、私の分野では、昔のように所蔵図書館を訪ね歩く必要がなくなったのである。

 ともあれ、価値があるとして認められ、政府機関の研究に取り上げてもらうこと自体、嬉しい。

 特に国家機関の分析家たちが古い文献にも目配りし、意義を認めてくれたことを意味する。

先頃、参議院の事務方でも、2014年の欧州議会選挙についての私の最新の研究を取り上げていただいた。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou

_chousa/backnumber/2014pdf/20140801114.pdf#search='

%E5%85%90%E7%8E%89%E6%98%8C%E5%B7%B1+%

E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2'

 研究者をしていて嬉しいのは、自己の研究が他の関連の研究者のお役にたつときだ。常日頃、政治を扱う学者は30年後が勝負で、その時に意義を認められる論文こそが本物であると思って、研究に取り組んできた。

 なぜ30年かというと、社会科学、特に政治を扱う研究は困難さを持つからである。猪木正道先生が指摘するように、存在(被)拘束性という問題だけでなく、単に現状分析にとどまらず、あるべき姿の提示もその背後にあるからである。すなわち、現状分析にとどまらず、では、どうあるべきかという価値の問題も同時並行的に意識し、処理することを余儀なくされるのである。

 しかも、その時期の論文の評価には、ベンチマークで客観性が確保できる自然科学とは違い、社会科学では、権力(者)との距離にとどまらず、研究者間での嫉妬、妬み、ヤッカミなど研究以外の要素が往々にして混入するからである。それらが完全に消滅するに必要な期間が1世代、つまり30年だということだ。

 ともあれ、インターネットでは、地方だろうが東京だろうが、場所や時空と無関係に、公平に過去の研究を渉猟でき、必要だと判断できるものを取り出せる。

 実にありがたい時代であり、嬉しいことである。

 研究は本人の自己満足ではなく、社会に貢献できるものでなければならない。

 論文の在り方については、以下がいい。

学術論文作成の基本 - Elsevier

これは医歯系の論文の書き方であるが、学術全般に応用できる内容を持っている。

 ここでも以下の私のブログが引用されている。

2006.05.24 Wednesday 大学教員への道10 Publish or Perish

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=104




| 児玉昌己 | - | 09:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
日経よ 最高裁の判断(価値)は絶対ではないよ まるでアナクロな1票の格差是正社説

  本気で1票の格差の是正を」と115日付の社説で日経は書いた。

 だが、貴紙こそ本気で選挙制度の民主主義化を考えているのかね。

民主主義の確保を真にいいたいならば、選挙制度の抜本的改革を行うべきとすれば、問題は「表面的な」1票の格差でない。
 
有権者の意思を半数以上殺し、さらに地方を死に追いやる小選挙区制の廃止と比例制度への全面展開である。そうすれば1票の格差は必然的に消滅する。

人口で定数を分ければ都市部が栄え、地方が衰退することは必至である。

なにより、実際、比例にするなら1票の格差など、一瞬に解消する、そのことをどうして指摘しないか。

本気で制度改正を考えれば、欧州の先進国が取る比例制度の採用に行きつくはずだ。

ちなみに、英米は選挙制度において遅れており、考慮の対象外で、イギリスはそれから出ようともがいている。

EUの欧州議会選挙法の基本的準則である比例制にあわせて英下院は欧州議会選挙については、15年も前の、1999年に下院で使われている小選挙区制度の適用を捨て、完全なドント式比例に転換した。それを契機に、英政治の多党化が促進されている。

米国は封建遺制の選挙制度の上で眠りこけて、国民の政治意思は政治に反映できず、異常、異様な所得格差を深めている、政治の後進国家である。

米国の小選挙区制度について言えば、先頃の中間選挙の優れた分析で、日経自身がゲリマンダーの下院の区割りの異常さを無風状況と関連させて書いていた。

比例にすれば、連立が常態になる。それを危惧する者がいる。だが対話と妥協の政治、それこそが政治的安定を結果として促進する。

小選挙区制度で日本の政治が安定したのかね。選挙ごとに政権が変わり、不満は鬱積され次の国政選挙でねじれを引き起こす。
 その政権と政治は、合法的に作られる小選挙制度の膨大な死票という有権者の政治的意思の大虐殺の中で、作られた圧勝として継続し、解釈改憲など、国民の意思を反映しているとはおよそ思えない政治が常態になる。そして次の選挙で「敵対の政治」として作用し、ねじれを常態化させる。イギリスがそれで疲弊した。
 小選挙区制度を主導した細川首相(当時)の秘書官だった成田憲彦は敵対の政治がかくも大きいとはと自らの不明を嘆いた。一般人なら自らの不明や無能はそのもの自身のことだが、こと権力者となると、国家と国民を強く痛める。

日経は、最高裁の判決を踏まえて、1票の格差の是正を言う。それこそが真の政治改革を阻害する。

実際、有権者はそして一部の政治家はすでに1票の格差の表面的な解消では済まないことを理解している。既に蒸し返しの議論と日経の社説氏が一蹴した過疎地区との合区案などは、均衡のとれた選挙制度の重要性について、すくなくとも議員の一部がそれを意識していることを示している。それさえ理解できていない。

日経がこれらの動きを一蹴するほど、地方創生に逆らい、地方を殺す意見も他にない。

選挙制度の問題は表面的な1票の価値に限定される単純な問題ではない。都市と地方の均衡の確保の要請が一方であり、それがわからないと、地方を殺す。

ただでさえ人の集まる大都市はそれだけで優位に立つ。

国会議員は参院であれ衆院であれ、有権者の代表者であり、代表がいないことは予算配分を通して地方を痛める。すなわち、わが国の文化、わが国の美の原点というべき地方を殺すことに作用する。
 現状は人口の多い都市部に議席を積み上げ、地方の議席を削減する定数調整での1票の格差の「是正」である。しかも、
事実誤認に基づく議員定数過大論に基づく定数削減の方向である。欧州などの諸国の状況を比較した、以下をみよ。

100万人が持つ議員定数の国際比較を表したブログである。

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2364

1千万国家で300以上の国会議員がいるスウェーデンは、日本風に言うと、4000人もの国会議員を持つ感覚だが、それを別にしても、仏、独など先進国に比すと、人口比では、わが国の議員定数は3分の1か、半分程度でしかない。

最高裁は、そして日経も、定数が削減される対象が地方であることがもたらすその政治的意味、すなわち地方殺し、地方の民意の抹殺という政治的作用さえ解っていない。

 最高裁の司法判断が絶対的価値ではおよそない。

 最高裁が行う司法判断は提訴された事案についてのみ判断する。すなわち現行の小選挙区制をベースとした事案がその対象でしかない。

有権者の半数以上の政治的意思を合法的に抹殺しているという衆院選、衆院選の現状、すなわち小選挙区制度がもたらす反民主主義の悪については、最高裁は沈黙するしかない。

違憲立法審査権を持つ最高裁として、民意を合法的に抹殺している民主主義の危機の現状の選挙制度に目をつぶることに作用する自らの判断についても、沈黙である。

最高裁は、表面的な1票の格差というよりも、もっとも深刻な選挙制度のもう1つの悪しき、反民主主義的状況には踏み込めないし、踏み込まない。

日経はそれがわかっていない。日経はプレスメディアの代表としてすこしは良識を示せということである。

 大手の責任あるメディアは政党が示す案の手のひらで踊るべきではない。

貴紙の見識は一体どこにあるのかね。最高裁判決を絶対視し、その司法判断の限界を理解できず、その政治的なネガティブな影響を理解できず、自らの見識も示すことなく、政党の党利党略の手のひらで踊るすべての大手有力紙の主筆に言えることだ。
 1票の格差の原理的問題を指摘しておこう。
 比例を限りなく従にした分離型の並立制の小選挙区制度をとる限り、いや小選挙区制という制度自体が、それを維持する限り、区割りにおける都市部と地方の人口の格差と多寡を背景とする1票の格差は永続的に続く。すなわち、最高裁判決で今回改善でしても、次回またその問題が出現する危険性を回避できない。
 比例では、仮に全国1区とすれば、その瞬間から1票の格差の問題から完全に解放されるし、仮に九州や四国などと若干地区を分割しても、ほとんど解消できるのである。

 

参考ブログ

2013.02.19 Tuesday壊滅的大敗後に比例の大削減をいまだ主張する民主の愚劣

http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20130219

2012.01.16 Monday 諸悪の根源は小選挙区制度である 3-結 政治学者の選挙制度認識を質す

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3047

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3052

 

 

2012.12.18 Tuesday

 

これが小選挙区選挙の実態だ 下 死票は3730万票、死票率56.0% 虚構の2大政党制

 

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3356

 

 

 

 

 

| 児玉昌己 | - | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
ベルリンの壁崩壊から25周年 タマラからメッセージが届く

フランス人と結婚し、ベルリンに在住し、独仏間で仕事をしている絵に描いたような欧州人のタマラがEメイルをくれた。

This mail to share with you the 25 year of the fall of the wall! と。

25年のあの日を想い数万の人とともに風船を打ち上げ、あの時の感動を共有し、それを祝っているということで、撮った写真も数枚送ってくれた。

 ブランデンブルグ門にライトで照らされ浮き出たFreiheit(自由)の文字が鮮やかである。9000キロの彼方にいるタマラの感動と興奮が伝わってくる。

 

自身が東独出身のメルケル首相は「夢は叶う」Dreams can come trueと、それに尽力した人々の努力を想いその感慨を語った。

自国に民主的価値を導入し、東独に自立を促し、結果抑圧的な社会主義とスターリン主義の墓堀人となったゴルバチョフも招かれ、ともに祝い、集まった数万の市民の祝福を受けたということだ。

彼の名は母国ロシアでは悪夢のようだが、他の指導者は忘れ去られても、歴史がその名を刻んでくれることは間違いない。

祝賀ムードに沸くベルリンの模様はテレビでも一部報じられていたが、あれから25年。

 ちょうど大学に職を得てEU(当時EC)研究者としての大学での教員生活を始めて間もなくのことだった。

 25年後の今、ユーロ危機や極右が台頭し、EUはいまにも崩壊し、ユーロは壊滅するなどと報じられたように、ここ日本ではそのイメージも評価も散々である。

 だが、15か国のEU25から28に発展していくのは、東西ドイツの統一と翌年のソ連の崩壊を契機としたものだった。

かつての東独をはじめとして、ソ連の衛星国家では自由も民主主義もなかった。だが、今やそれも当たり前となった。

だが、アジアに生きる我々は、今そのことの意味と価値を改めて噛みしめる必要がある。

アジアにあっては未だ共産党独裁下にあり、特定の政治集団が富と権力と権力を独占し、その価値を国民に押し付け、それにより自由を奪われている人々がいるということをである。

欧州は、人間のあるべき価値という基準から見て、没落などとは無縁で、アジアの50年、100年先を走っているのである

 参考ブログ

2011.03.23 Wednesday ドイツの友人タマラから被災と闘う日本人への連帯のEメイル

http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2769

Dreams Can Come True"

http://gawker.com/merkel-on-fall-of-the-berlin-walls-anniversary-dreams-1656542390








| 児玉昌己 | - | 01:28 | comments(0) | trackbacks(0) |

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