世紀的な事件というべき難民の流入が続くEUである。人口1800万余りのシリアだが、すでにトルコだけで200万の同国からの難民が国を離れて、ぎりぎりの生活を余儀なくされている。
OECDは今年だけで100万がEUに向かうと予測している。
22日、EUは司法内務担当閣僚理事会は、翌日臨時首脳会議開催の圧力の中で、多数決で12万の難民の受け入れを決めた。これについては、読売のブリュッセル発で三好益史支局長が以下の記事を送ってきた。「EU、難民12万人受け入れへ…理事会で承認」読売新聞 9月23日。非常に ビビッドな記事だが、一点、誤解というべき個所がある。
三好記者は言う。
「理事会は全会一致が原則だが、東欧諸国が受け入れの義務化に反対したため、投票で決まった模様だ。」
「理事会は全会一致が原則だ」というが、それは誤りである。閣僚理事会では、投票が原則なのである。しかも特定多数決であった。
そしてそれでさえも、加盟国数とその人口比による決定に置き換えられつつある。
今回の議決か特定多数決か、リスボン条約で導入されている新議決方式か、どちらでなされたかは確認できていないが、多数決であることは明確である。かくも利害が錯綜としているとき全会一致では、何も決まらない。
今回の内相・法相理事会では、チェコ、スロバキア、ルーマニア、ハンガリーが反対票を投じ、フィンランドが棄権したことを明らかになった。
国際統合組織であるEUが国際連合などの国際協力組織と決定的に異なるのは、国際協力組織が前提としている国家主権の貫徹を、多数決の採用により不可能としているというその一点にある。EU加盟国は、28か国の間で、主権移譲の同盟関係を構築している。
外交交渉でのTPPで多数決の導入を想定してみるだけで、そのすごさと、その画期的性格を理解できるというものである。
EUの公益(EU益)確保にたいする認識が国益擁護への認識を凌駕しているその事実をである。
EUのEUたるゆえんはまさにここにあり、EUの邦語表記で、組織体の構成国がいまだ大規模に主権を維持している国家連合を意味する「欧州連合」ではなく、本来「欧州同盟」とすべきとする多数のEU学会理事会長経験者がいたにもかかわらず、学術的な検討もされるなく不透明に、欧州連合の表記が採用され、現在に至っている。
ちなみに1996年に、欧州議会の最大政党だった欧州社会党は、EUの邦語表記として採用された「欧州連合」の使用停止と「欧州同盟」への変更を求める書面質問を欧州委員会に送っている。
20年ほど前の若い時代のことだが、お互い若かったが、当時欧州社会党の党官僚であった英労働党のリチャード・コルベット現欧州議会議員(前ファンロンパイEU大統領顧問)に英文論文を添えて、EUの邦語表記の問題を提起したのは私だった。それが上述の欧州委員会への書面質問となった。
コルベットさんと会って最初に聞かれたことは、経済通貨同盟はどう訳しているかという、訳語の整合性であった。この英文論文と欧州委員会宛の欧州社会党グリン・フォード議員からの書面質問書は「欧州議会と欧州統合」(成文堂2005年)の巻末付録で掲示している。
同じユニオンにもかかわらず、 組織の総体を欧州連合と表記し、組織の政策領域である通貨同盟や関税同盟を同盟と、意味なく、恣意的に訳し分ける仕方は、現地にはない異様で特異なものだ。
EUにおいては、関税同盟、通貨同盟、パスポート同盟、銀行同盟、財政同盟すなわち政治同盟など、すべて国家主権を上位組織に合意により譲渡する意味内容を持つ用語としてユニオンが使われている。
EUは経済社会領域において法制定能力を有する。そしてEU法は加盟国法への優位性、上位規範性をもつのは周知の事実である。まさしくEUはFederal Unionなのである。
ユニオンに対する無理解による不適切なEUの邦語表記によって、国家主権の最高性の認識に関して、国際連合とEUとでは組織原理が全く違うにもかかわらず、欧州連合と国家連合を想起させる表記がなされるから、EU認識に落差が生じる。
EUという国際組織の、国家主権の貫徹、つまり全会一致制を特別の例外としているこの超国家的性格、すなわちEUの連邦的性格の理解が進まない。そして三好記者の記事が出る。
1993年発効のマーストリヒト条約の時代は3本の柱として、司法内務(警察)分野は、政府間協力という位置づけがあった。しかし16年後のリスボン条約では3本の柱は撤去されて、EUが、政府間主義をその分野に残しつつも、EUとして対処するという基本姿勢を明確に示した。
リスボン条約を得て、今回の内相法相理事会も多数決の意思決定の範疇に入っている。すなわちEUが関する領域をそれまでの政府間主義の分野にまで広げ、EUとして乗り出すというリスボン条約の基本姿勢の延長線上にある。内相法相理事会にまで多数決が入っているという、その事実こそが重要である。
多数決を常態とし、大規模にこれを行使する有力な国際機関は、EU以外にはない。
日経によれば、難民の受け入れ分担案に反対していたチェコのホバネツ内相は、内相法相理事会で多数決で事案が決定されたことで、22日「すぐに王様は裸だと気づくだろう。常識が失われた」と、即座にツイッターで不満をぶちまけたと報じている。
「EU難民分担、禍根残す多数決 チェコなど4カ国が反対」 日経2015/9/23
また欧州司法裁判所への提訴も考えているといわれる。が、欧州司法裁判所はこれを退けるであろう。
東欧諸国は長くソ連による主権集中原則の中で、国家主権を奪われており、独立してようやくその桎梏から解放された歴史があり、今まさに主権を享受しているところであり、合意による主権の譲渡と、それによる政治経済の運営という欧州石炭鉄鋼共同体以来のEUの本質が十分理解できていないといえる。
22日のEU内相理事会後、議長国ルクセンブルクのアッセルボルン外務・移民相は、中東欧の反対を押し切り、異例の採決に踏み切った理由について、「事態は切迫している。合意できなければ、欧州はさらに分断され、信頼に傷がついていた」と述べている。
「EUの難民割り当て、窮余の採決 混乱収束見通し立たず」朝日新聞デジタル 9月24日
ところで、こうした中東欧4か国の反対について、フランスのオランド大統領は、強い怒りを表し、EUから脱退せよといわんばかりに以下述べている。
「我々と価値を同じくしない人たち、そうした原則を尊重しようとさえ思わない者は、EUにその居場所があるのか、自ら問う必要がある」と。
これは臨時欧州理事会にむかう途中の言葉と、してAPが伝えている。今回の難民受け入れでは、フランスは人口差があるのに、ドイツ(17,030)と遜色のない受け入れ数(12,962)である。
Deeply-divided EU holds emergency summit on migrant crisis By 17MIKE CORDER and LORNE COOK AP
なお 2015.09.12 Saturdayのブログで、「EUが直面する異次元の難民問題 のテレビ表記の若干の疑問」として、BBCテレビの表記問題を取り上げた。
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3902
それについて、私のように、内外からの意見が多かったのか、用語使用法について、BBCは最近の記事で、以下用語法について、書いている。
A note on terminology: The BBC uses the term migrant to refer to all people on the move who have yet to complete the legal process of claiming asylum. This group includes people fleeing war-torn countries such as Syria, who are likely to be granted refugee status, as well as people who are seeking jobs and better lives, who governments are likely to rule are economic migrants.
亡命を求める法的手続が未完のものについてはすべて移民migrantという言葉を使っているということである。これにはシリアのような戦争で国家を引き裂かれた国家からの逃れている集団も含む、というものだ。
しかし現状の難民のおかれた苦難の現実を考えると苦しい使い方だ。ではasylum seeking refugeesでいいではないか。
BBCよ、今問題になっているのは、平時の経済移民の問題ではおよそない。
なおEUの表記問題については以下参照。
2010.11.02 Tuesday 欧州連合を否定しつつEU(欧州同盟)は連邦主義的権限強化に向かう 上 金融財政部門でのリスボン条約改正の動き
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2575