松尾匡先生から新著『この経済政策が民主主義を救う、安倍政権に勝てる対策』(大月書店)が送られてきた。
先生は自らその陣営にあるとする左翼勢力の経済政策認識が旧態依然のデフレ追求型、もしくはインフレ警戒型ということで、積極財政とインフレ目標を掲げて、旧態の思考を改めよと、何度も言われている。
そしてそれがゆえに、逆に自分が組みするはずの左翼陣営からは、安倍支持者だと攻撃される、とぼやいておいでである。
だとすれば、実に救いがたい連中である。
私にとって興味深いのは、第4章「躍進する欧米左派の経済政策」である。
欧州左翼は量的緩和と積極財政で、有権者の支持を得、勢力を回復しつつあると指摘されているところだ。
もう1つ、メディアや左翼の「用語法」の問題も指摘されている。言葉は政治を語る上で極めて重要である。使い方次第では、発するものの考えとは逆の意味に転じることもあるからである。
例えば228頁は、株高に関する箇所であるが、優れている。
それはいう。
安倍支持者は株価が上がったら「成果」だと言い、下がったら「実体経済に影響がない」と言う一方、アンチ安倍派は株価が上がっても「実体経済と関係ない」と言い、下がったら「アベノミクス終わった」と言いますが、こんな上下非対称なことを言ってはいけません。」
政治的言説がいかに曲者かを示して秀逸である。
そして左翼陣営が使う用語法を「オオカミ少年」的とし、この言説は危険だと指摘される。
政治学者の私にとって最も興味深いのは、経済政策を分析した後、選挙制度の話で終わるところである。
結局、政治を実践するのは国会の数。それを構成する小選挙区制度は民意を全く体現できない前近代的で封建遺制であることは、このブログでも再三私も指摘してきた。
実際、行われていることといえば、衆院議長に提出された佐々木毅氏を座長とする選挙制度検討の調査会の答申は全く現状追認か、現状を悪化させる答申でしかない。
その中身といえば、民主主義をもっともよく体現する比例を、意味なく削減し、大都会がヒト、モノ、カネと圧倒的な資源を持っているということを意識的に伏せ、1票の格差という表面的な価値だけに特化した小選挙区の定数の大規模な再配分を通した、地方死滅をもたらす格差拡大の答申である。
すなわち、その行き着く先は、価値の平等という一見すれば民主主義にかなったように装いつつ、完全小選挙区へのシフトに政治学者が手を貸す結果と意味を持って進められている。
しかも定数是正を小選挙区という4割で8割の議席をもたらす反民主主義の制度の根幹にはまるで触れていないのが最大の問題である。さらに悪質なのは、現状の悪を全く考慮することなく、定数再配分を5年ごとに行うという。
限界集落広がる地方を全く考慮することなく。
まさに「地方創生」どころか「地方総殺」の時代錯誤の答申でしかない。
本書の論に戻せば、現在進められている左翼陣営による、経済も政治も異なる者たちの統一戦線への動きは野合でしかないという認識を示されている。
そして、それでは有権者を納得させえないという認識に立ち、わが国の民主主義政治の根幹に直結する選挙制度の変更を当面の目的とした統一候補を立てて、選挙戦で勝利し、比例制に基づく、選挙制の抜本改革を法制化するということを提案されている。
まことに理にかない、我が意にそった提案である。
実際、現行の小選挙区制度は、細川氏など導入したものすべてが、誤っていたというほどのひどいものである。
そしてそのもとで成立している安倍政権など、選挙で勝利したというものの、実は、小選挙区制度の最大の民意の代表とする観点からすると、グロテスクなほどに過剰代表されている。かつて民主が同様にグロテスクに議席を得ていたようにである。政治の振幅が大きく、政治家も育たない。
安保法制を含め、自民が出した憲法学者までが違憲であるということにみられるように、そんな過半数さえ取れるか取れないかの程度の政権が提出、議決するなど、本来、論外のことなのである。
ともあれ、松尾先生が、選挙制度に触れておられるのは、尽きるところ最後は、経済の問題も政治の問題に帰着することである。
すなわち政治学と政治学者はそれなりに意味があるということだ。
政治学者の存在理由と、それがなす発言の有意性、それを改めて確認させる書である。
それにしても、経済政策では「ピエロ」と松尾氏に批判される民主党。選挙制度でも同様である。さらなる定数削減をという。選挙での大敗も理解せず、野にいていまだそう繰り返している。
最近では、産経も読売も、現行小選挙区制度下での定数削減の問題の深刻さを理解し始め、定数の大幅削減を、大衆迎合と叩いている。
まったく救い難い政党であることよ。教訓を学ばない政党は消え去るのみである。こんな政党が、ポスト安倍自民の受け皿になれるなど、あろうはずもないのである。
哀れなる日本の民主主義である。
参考ブログ
2010.08.06 Friday 好著のご紹介 松尾匡「不況は人災です」筑摩書房 2010年 上
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2469
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2470
2012.07.26 Thursday 『新しい左翼入門』(講談社新書)と著者松尾匡先生のこと 「由緒正しき人」のこと 上下
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3225
2012.12.18 Tuesdayこれが小選挙区選挙の実態だ 上 死票は半数以上、3730万票、死票率は実に56.0%
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3355
2015.02.14 Saturday アダムズ方式? 「アダムズ・ファミリー」なみの古色蒼然の、子供だましの衆院選制度改革
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3804
2014.12.14 Sunday 定数削減を大衆迎合とする読売紙社説(2014.12.9.)を高く評価する
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3776
参考記事
自民・細田幹事長代行「アダムズ方式は古色蒼然」 選挙制度改革案を批判 産経新聞 2015年12月11日
衆院区割り5年ごと調整、定数10減答申へ読売2016年01月14日
「一票の格差」があってもいいじゃないか! 紋切り型の是正と定数削減は地方の切り捨てにすぎない産経2015年12月28日 議員定数削減 大衆迎合の主張は嘆かわしい 読売社説2014年12月09日
Parties’ demagogic calls to curtail number of Diet seats deplorable.The Japan News(yomiuri). December 09, 2014