2016.07.31 Sunday
イギリスはなぜEU離脱を選択したのか EUの止まることのない連邦への深化と主権譲渡こそがその最大の理由である
イギリスが国民投票でEU離脱したことは世界に衝撃を与えた。 だが、イギリス国民がEU離脱を選択した理由については、しっかり書けているものがあまりなく、ほとんど判然としない。 「EUには民主主義がない」などというものがあるが、離脱派の政治キャンペーンそのものに乗った議論で、笑止である。 一例を示せばそのバカげた性格は一目瞭然となる。 下院定数650もあるイギリスで、わずか1議席しかないイギリス独立党のファラージュが、なぜあれだけイギリス政治とEU離脱の政治過程で、大きな顔をできたのか、という疑問だ。 イギリスは膨大な民意の虐殺を合法的に可能とする小選挙区であるがゆえに、厖大な死票をこの党が出していること、他方、EUの議会である欧州議会では、国家横断的に形成している各党が獲得した票に応じて議席が配分される徹底した比例代表制を準則としているがゆえに、一定の議席を得て、UKIPといった反EUのデマゴーグ政党も成立できたのである。 いやこの政党、国内の下院では議席の数で泡沫政党そのものなのだが、2014年の第8次欧州議会直接選挙では保守党と労働党という政権政党を経験している2党を凌ぎ、イギリス選挙区では437万票(26.6%)を得て、なんと24議席。(現在22)を得て、第1党となった。ついでに言えば、欧州議会選挙では労働党が20、保守党19。 それを考えるだけで、EUに民主主義がないなどという議論がいかに噴飯ものであることがわかる。 欧州の諸国では、国内議会選挙では比例代表制が原則となっている。イギリスの選挙制度が厖大な死票を生むという意味で、反近代的な制度であり、それにイギリスは苦しんでいる。 本題に戻ろう。イギリスのEU離脱の理由は簡単だ。 EUがもともとEU内に存在する連邦制的装置をさらに強化する方向に傾斜しているからである。しかも、EU統合のの最終地点までが「一層緊密なる同盟」(ever closer union/仏語はさらに止むことのないという語があり、徹底しているune union sans cesse plus étroite)と表現するように、その自動性と無期限性が特色であり、最終到達地点の統治形態ついては未定であることにある。 キャメロンはこのEU統合の最終形態を不明にし、その無期限性を表した歴史的表現の削除を一貫して要求していた。 ところで、日本では、マーストリヒト条約が1993年に発効し、その邦語表記が必要となり、「欧州連合」の表記が導入された。 当時読売新聞は欧州同盟を使っており、表記問題では、各社対応が分かれていた。 初代EU学会理事長を含め、5名のEU学会理事長経験者が明瞭に欧州連合の採用に反対されていた。(具体的には、6年前の下記のブログ参照) 2010.11.02 Tuesday欧州連合を否定しつつEU(欧州同盟)は連邦主義的権限強化に向かう 上 金融財政部門でのリスボン条約改正の動き http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=2575
その後、EU代表部により国家の協力機関である国際連合と識別もつかない邦語表記が駐日代表部の中で、全く不透明に採用され、新聞の表記統一関係の協会にそれが伝えられ、現在の統一的表記となっている。 その結果は、20年前に私が予想したように、EUと欧州統合の方向性に関する正確な認識にとって、極めてネガティブに作用した。 すなわち、EUが度重なる条約を改正し、連邦的性格をさらに濃厚にするのと反比例して、欧州統合に関して、欧州で最も当然とされるフェデラルという言葉が、わが国から消えてしまっている。 EUの中心であるドイツは全く違った見方を持ち、ドイツの元外相ヨシュカ・フィッシャーは以下のように述べている。 「ドイツでは連邦的であるとは悪い言葉ではない、他国は連邦主義が唯一の解決策であることを認識すべきである」 In Germany, federal is not a terrible word. Others should realise federalism is the solution. EUが連邦的性格を強めるから、国家主権に支えられている主権国家の意思が阻害される。そのようにして、イギリスは反発しているのである。いいかえれば、イギリスと独仏の間の欧州統合の連邦性格と路線をめぐる埋め難い溝が存在するのである。 連邦制は国家の主権的権限を統合組織、連邦組織に集約することで、その機能を果たすことを最大の特色とする。 大陸諸国は、国境を隣り合わせている。しかもオランダ、スウェーデン、デンマーク、など1千万台かそれ以下の人口を抱える小国が多い。6千万台は4カ国しかない。ドイツを除けば、英仏はわが国の半分を少し超えた程度である。 国家の主権的権限の保持などという主張はイギリスのような海で隔てられた大国ができることであり、陸続きのEUの中小国では、現実にも、理論的にも、そうした感覚はありえないのである。 EUの中小国は、むしろ一体化することで、戦争を防止し、通貨と経済を、そして民族自身の存在を強化できると考えているのである。 私は20年前に欧州議会に働きかけ、EUの連邦的性格をすべて理解不能にする欧州連合という語の問題を当時欧州議会最大会派の欧州社会党の若手有力幹部のリチャードコルベット氏に英語論文を携え、指摘した。 結果、EU代表部が使う「欧州連合」という表記の使用停止と欧州同盟への変更を求める書面質問をグリンフォード議員の名で出していただいた。 しかし欧州委員会も官僚組織であり、組織はいったん問題訳語が採用された後では、よほどのことがない限り、変更することをしない。責任問題もあるからである。 ただし、そんな官僚の保身だけで、わが国における認識が曇らされてはたまったものではない。 ever closer union は依然として、生きている。それは一部のEU学者が表記しているように、「一層緊密な連合」ではおよそない。EUの到達点はまさに期限を意図して不明にした無期限性にある。これを「連合」とすれば、到達点はあくまで連合を超えるものではないからである。 EU統合はシュ-マン・プランに明記されているように、連合などはるかに超えた欧州連邦形成にあるのなのだから。何よりジャンモネは欧州連合を否定する欧州連邦から欧州合衆国を展望していたことを想起すべきである。 EU代表部が邦語表記を欧州「連合」とした後、これを不可だとする論文を書き、欧州議会に働きかけた。 その最大の理由は、まさに中立であるべき欧州委員会が、かってに欧州統合の到達地点を「連合」に限定したそのことの政治性を問題にしたのである。 イギリス首相キャメロンが「EU改革」という自己利益の貫徹でこだわったその削除の会議の前と後に、このさらなる統合を原加盟国6カ国外相が確認したように、このエバー・クローサー・ユニオンは、最終的にはキャメロンがわが国は加わらないというだけに押し戻された。 なんとなれば、条約改正は全会一致であり、最初から統合推進国家がそれを受け付けないことが明確であったからである。 ともあれ、邦語表記の誤りを指摘して欧州議会最大会派に書面質問書を作成してもらい、20年の時が過ぎた。 そして、現在のイギリスが離脱するほどまでに至って、「欧州連合」という表記を抱えるわが国では、欧州では常識となっている国際統合組織の連邦的性格にもかかわらず、EUの連邦主義的性格がわが国では、全く不明となっている。 閣僚理事会における多数決原理を考えてみよ。EU法の加盟国法に優越する規範性を観よ、欧州司法裁判所の司法管轄権を観よ。通貨主権の欧州中央銀行への委譲を観よ。すべてが、連邦政治組織のメルクマールである。 イギリスのEU残留を問う国民投票における離脱派の政治スローガンが、Lets take back controlというものであった。だが、このコントロールという語こそ、国家主権sovereinty と同義語であった。 因みに毎日新聞では「政策権限」と訳している。私は、これは原理原則を言う政治スローガンであり、このように政策というべベルに制限した使用法はこの文脈では必ずしも妥当だとは思っていない。 反EU派の公式キャンペーンでcontrolという言葉が選ばれたのか。 おそらく、「主権」(sovereignty)という語が、反EU主義のUKIPが使用する言葉であるために、すでにイギリス政治の中で、党派性を帯びており、それがゆえに、反EU派の公式組織を構成する保守党及び労働党の議員たちがその用語を避けただけのことだった。 ましてUKIPは国内では泡沫政党であり、保守党や労働党の離脱派からみると、欧州議会で議席を持っているものの、本丸の英下院では、意識するほどもないマイナーな存在でしかないのだから。 実際、国民投票キャンペーンではファラージュは正面から起用されていない。彼の登場は、EU離脱派の公式の運動のなかでは、別動隊であり、その影響力は大きいというものの、あくまでサイドショーでしかなかったのである。 因みに、主権はグローバル化の中で相対化されているなどと、その存在を軽く扱うものがいる。皮相な議論だ。 通貨主権を見ても、関税自主権を、司法管轄権を取り上げるだけで、それは国家のバックボーンとして厳然として存在する。なんでも相対化する手合いの議論は要注意である。 ところで、インターネットで見ていると、最近中国で、EUやソ連の事例を挙げて、国際組織の用語の表記問題が取り上げられていることを知る。しかも、この論争を起こす背景については、EUについて私が問題提起した20年前の資料が掲載されている。 以下がそれだ。 苏联叫苏联是照日本苏连来的。日本现在还管欧盟叫欧连。 https://www.zhihu.com/question/47820963 之前欧洲社会党有个Glyn Ford给欧盟委员会(Commission)写信,说日本管我们叫欧洲连合不好,我们应该要求日本换个称呼,叫我们欧洲同盟才好。Commission回信说,汉字博大精深,连合硬要说也不能算错,再者都沿用二十年了,何苦改来改去,不混淆就好。 107852047 用語論争は、対象の概念規定に直結する学術にとって最も必要なものである。中国もそれだけレベルが上がってきたともいえる。 因みに中国語では「欧州連盟、省略して欧盟」と訳している。韓国語ではわが国の訳例を採用している。中国にとっても英離脱は対欧州戦略を直撃し、その再考を必要とする重大事件である。その性格の把握は、他人ごとではないのである。 ともあれ、若い時代に提起した論考と欧州議会への働きかけで得た公的文書が20年の時を経て、欧州統合の連邦的深化とイギリスのEU離脱を受け、中国で取り上げたのは、正直うれしいことであった。 なお、EU代表部への欧州議会の当時の最大政党の欧州社会党から20年前に出された グリン・フォード議員(欧州社会党)からの欧州委員会への書面質問書と回答を掲載しておこう。 原文は拙著『欧州議会と欧州統合』(成文堂2004年)の付録として所収している。
資料2 欧州委員会を代表してレオン・ブリタン卿からの答弁書 Answer given by Sir Leon Brittan on behalf of the Commission (22 February 1996) When the need arises for the translation of a new, hitherto unknown, expression into Japanese, the Commission and in particular its delegation in Japan undertake the necessary checks and consultation of language experts in order to ensure that the proposed translation suits the required purpose. The Kenkyûsha dictionary(Japanese-English)(standard reference dictionary used for translation of modern, in particular official Japanese)lists the following entries : rengô(連合)=combination, union, incorporation, league confederacy dômei(同盟)=alliance, league, union confederacy The Kenkyûsha dictionary(English-Japanes)gives as translations for the following expressions: Union 結合(ketsugô),連合(rengô) United Kingdom:連合王国(rengô ôkoku) United Nations:国際連合,国連(kokusai rengô, kokuren) The translation of English(or other European language)expressions in Japanese is often difficult and can not be undertaken solely on the basis of an equivalent expression.The above examples can only give an indication of what a proper translation of the word Union would be in Japanese.
Two essential problems can be distinguished : a. Foreign official terms, when translated into Japanese, are in fact translated into Sino-Japanese expressions, i.e. combinations of characters. These characters are, as the expression Sino-Japanese shows, of Chinese origin. Even when the dictionary entry for a given Japanese word, such as dômei, is translated as union at first, the character combination used may not necessarily carry the same association as the word union does in English. A particular side-effect of this is that the meaning of a given Japanese word may not cover exactly the same ground as the English word used for its translation. For instance, rengô can be used to translate association in association agreement, but it can not be used to translate association as in shopkeepers’ association. The correct word in this case would be rengôkai(連合会) b. Expression, such as are created in the Community to give a name to new European(as opposed to national)institutions, are by definition new also in the Community e.g. European Commission. This has taken on a meaning of its own, and is now associated with“bureaucracy, large administration, etc.”This is quite different from the meaning associated with “parliamentary commission”,based on the traditional meaning. Similarly, in Japanese, the words used to translate European Commission(ôshû iinkai,欧州委員会)are not self explanatory, but must be explained and understood as an expression ‘sui generis’. The translator of ‘Europeak’ expressions into Japanese is therefore faced not only with the difficulty mentioned under a., but also with the necessity to invent a new Japanese(or Sino-Japanese)expression that is as close as possible to the intended meaning of the European words. |