政治学者にとって、現代のイギリス政治は無類に面白い。
特に選挙制度、特に小選挙区制度と比例制度が、同じ国家の下院議会と欧州議会の選挙制度で別途採用されていて、それがどれほど政治生活に影響を及ぼすのかを、これ以上の例はないというほど明快に示してくれるからだ。
その典型的事例が英独立党(UKIP)である。
この党、欧州議会のイギリス選挙区では第1党で、保守労働党という政権を担当してきた2大政党をも凌いでいるのである。
他方、国内政治に直結する下院議会選挙では、議席はわずかに1。しかも党首自身が落選して、議席がないという状況だ。 その党首は、言わずと知れて、ナイジェル・ファラージュである。
この政治家については、EurActivが以下のように評している。
「下院議員以外でEU離脱の国民投票の政治過程に最も影響を与え、それを勝利(離脱)に導いた人物はほかにないといいうる人物」(who has a fair claim to have influenced the course of British politics more than any other non-MP following his campaign’s victory in the June Brexit referendum )と書いている。
ナイジェル・ファラージュのことはこれまでもこのブログで書いた。
今日書きたいのは、その後継者が16日の党大会で欧州議会議員のダイアン・ジェームズ女史に決定したということだけでなく、EU離脱という年来の唯一の主張が実践されて、党の目的と、党そのものの消滅を前にして、今この党、自己の立ち位置をどう考えているかである。
実際、欧州議会(英選挙区定数73)からその議員22名がEU離脱で辞職すれば、イギリス国内では、わず1議席の泡沫政党に逆戻りするのである。それをどう考えているか、それが知りたいのである。
これについては、朝日のロンドン特派員、笹井継夫が伝えている。やや安直だが、党のホームページからその意思を紹介している。
それによれば、ジェームス氏は私の目標は、英国独立党を真の野党にすることだと述べ、現在は下院に1議席しか持たないが、党の勢力拡大を目指す姿勢を示した旨紹介している。
実際、それしかこの党には明日はない。
しかし、その実践の具体的方法が問われる。すなわち、如何にして議席拡大を図るのかということになる。
現在は、直近の下院議会選挙結果によれば、保守党と労働党の場合、「1議席に必要な得票」(votes elected per MP)はそれぞれ、4万票と3.5万票あまりである。だが、UKIPにいたっては400万票余りである。小選挙区制度で膨大な死票が生まれ、この政党、その最大の犠牲者になっているのである。
すなわち、どう転んでも、この党、現状の小選挙区制度では今後も徹底して締め出されていくことは確実であり、比例代表制に活路を見出すしかない。
言い換えれば、UKIPが蛇蝎のごとく嫌った欧州議会の民主的な代表制へのイギリスの選挙制度の歴史的転換しかありえないのである。
UKIPはまさに欧州議会の民主制が生み出した「鬼っ子」であったということができる。
春秋の筆法を借りれば、欧州議会の民主制が英にUKIPという鬼っ子を生み、そして英のEU離脱をもたらしたということにもなる。
国内政治にいかにして比例制を導入できるかという選択肢しか、党の存在はありえない。
その意味では、同じく徹底して、封じられている英自民や緑の党と全く同じなのである。
イギリスは近代議会制度の父ではあっても、21世紀においては民主的議会の父ではおよそないのである。
欧州議会最大会派、欧州人民党の議長マンフレート・ウェーバー(ドイツCDU出身)は、ファラージュ自身、下院議会選で自らも落選し、わずか1議席と大敗しながらも、欧州議会に顔を見せたことについて、皮肉たっぷりに以下のように述べている。
「彼はこの間、EUに積極的なものを見いだしたことだろう。すなわち、EUはイギリスに存在するよりも、遙かに上質の選挙制度を持っているという事実であり、もし欧州議会が比例制を採用していなかったら、ファラージュは、もはや職さえ失っていたころだろう。」
“In the meantime he has found something positive in Europe,” Weber added. “Europe has a far better electoral system than the one that exists in the UK because, if Europe didn’t have a proportional system for elections, he wouldn’t have a job anymore.”
と語っている。
自党、英独立党が念願かなってEUから離脱を選択したイギリス。
UKIPの新党首となったダイアン・ジェームズ女史は「英国独立党を真の野党にする」という彼女の目的を果たして、達成できるか。
今や徹底した既得権益の保護者で、守旧派になった二大政党制の鉄の結束を崩せるのか、英下院という封建遺制の選挙制度の悪しき伝統を砕けるか見ものではある。
ただ、これまでの経緯を知るものからは、最大の受益者として現行の小選挙区制度に満足している保守党政権である限り、比例への制度改革は、はなはだ疑問でもある。
ちなみに欧州議会で直接選挙が導入されたのが、1979年。欧州議会選挙法は1976年、実施は78年予定であったが、英の準備で1年遅れた。
そしてイギリスをEUからの「独立」を党名に掲げ、EU離脱だけを目的にしたUKIPが3議席を得て、欧州政治に初めて登場したのが、1999年。この年、欧州議会のイギリス選挙区は小選挙区制度から比例への転換したのである。そしてそれによってUKIPが政治における正統性を得たのである。この年はイギリスの対EU政治の転換点であったといえる。
それは労働党出身のあのブレア首相によって、過剰代表された議席を30以上も減らす、まさに「身を削る」痛みで、断行された。
なお、欧州議会が加盟国政治に影響をおよぼし、それを規律しつつある。それは、UKIPの事例が端的に物語っている。
<
p> 総選挙で大敗しニッククレッグから代わった英自民党の新党首のファロンが、ファラージュのUKIPのイギリス政治に働いた影響力における欧州議会の役割を念頭に、以下実に興味深いことをガーディアン紙に書いている。
Farron said that people abroad were increasingly associating the UK with figures like Farage, the former Ukip leader. “When Nigel Farage gets up to speak in the European parliament it’s noticed by very few people here, but it’s noticed by pretty much everybody on the continent,” he said.
Tim Farron: ‘We mustn’t allow the faces of Farage, and Johnson, Davis and Fox to represent Britain. They don’t.’ The Guardian. 31 August 2016.
簡単に訳せば、外国人は、イギリスといえばファラージュのような人物をますます連想するようになっている。ファラージュが欧州議会で語ることは、このイギリスではほとんど誰も気にも留めることもない。だが、それは欧州大陸で実に多くのものが関心を払う、というものだ。
大方のイギリス人が全く無知であり続けているか、あるいは意識的に知ろうとしない欧州議会の重要性について、英自民党党首ファロンは語っているのであり、EUを離脱するとはいえ、欧州議会の意味を改めてイギリス国民は知るべきだろう。
ちなみに、ファロンの言を紹介した上述のガーディアン紙の記事はナイジェル・ファラージュや、ボリス・ジョンソンあたりがイギリスを代表する顔であるなど、決して許してはならない、というものだ。
参考記事
Farage hands post-Brexit UKIP leadership to Diane James. EurActiv.com with AFP 2016年9月16日
Leading MEP makes fun of FarageBy EurActiv.com with AFP 2015年5月21日
参考ブログ
2015.05.30 Saturday 独M・ウェーバー欧州人民党党首が英独立党ファラージュを嗤う EU議会の選挙制度の先進性とイギリス下院の小選挙区選挙制度の後進性
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3842
2014.06.10 Tuesday
2014年欧州議会選挙余滴1 UKIP党首のファラージュのこと
2014.10.21 Tuesday人種差別主義者、ホロコースト否定論者を入党させUKIP、EFDD瓦解回避(英ガーディアン)
http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20141021