2016.10.28 Friday
在英EU市民の権利を保障するスコットランド民族党の動議否決について
EU離脱の国民投票から4か月。 この間はっきりしたことは、キャメロン首相が丸投げで、職務を全うするという自身の言を翻し、敵前逃亡したこと、後継のテリーザ・メイ首相が3月末までにEUにEU脱退通告をすることを明らかにしたことである。 ちなみに、「合法的脱税者リスト」というべきパナマ文書にも名前を残したキャメロン前首相は、今後、EU離脱という最悪の選択の責任追及を恐れて首相辞任にとどまらず、下院議員さえも早々に辞めた。しかも、自身は、高額な契約で、自伝をウイリアム・コリンズ社から出すことも報じられている。 契約額は460万ポンド(2007年当時の円換算で11億円余)のブレア元首相を超えるものともいわれている。ただし、この額は、キャメロン自身が招いたEU離脱によるポンドの急落で、対円換算では半分までさがっている。 とはいえ、若者の将来を曇らせつつ、自身は長い老後を安楽に暮らせる「晩年」の実入りである。 ちなみに、わが国の一部の評論家は、円安が株高を生むという類推で、ポンド安を評価する向きがある。だが、まったく論外のことだ。 イギリスがEUの関税同盟から離脱することになれば、輸出産業は関税に苦しみ、単一市場からは排除され、多数の外資系企業の離脱を生み、海外投資は激減し、インフレに苦しむことになる。 イギリスのEU離脱が同国経済をバラ色にすると唱える、すべての評論家のレベルを疑えということだ。 ともあれキャメロンについては、実にくだらない政治指導者だったが、彼のことはいい。すでに終わった。 歴史が彼を正しく評価するだろう。今のイギリスの若者には気の毒としか言いようがないが。 イギリスの現政権についていえば、まだ多くのEUの脱退の戦略と工程表は見えない。 EU離脱派、法的にはEU法との整合性をとった1972年の3共同体法を破棄して完成するが、Great Repeal Actで対応することが語られる以外、依然、具体的な指針は見えない。 今日は北アイルランドの高等裁判所がEU離脱については、議会に諮る必要がないと判示した。 国民投票の結果という高度に政治的な選択を前にしては、司法は、いわゆるわが国の自衛隊と軍事問題で往々にしてみられるような、統治行為論を展開することで、司法は憲法判断を避けるのかもしれない。 国民投票自体が代表民主主義を否定する直接民主主義の究極の手段であり、そこでの決定は、確かに高度に政治的決断の意味を持つ。 もう1つ政治学者として興味深いのは先週の20日、イギリス下院でスコットランド民族党(SNP)により提出された動議について、インディペンデント紙が伝えたニュースである。 すなわち、EU離脱後の在英のEU市民の権利を保障を求めるこの議案が293対250の僅差で否決されている。 国民投票から4か月経ったが、イングランドとウェールズについては、人種差別やヘイトクライムが急増している。 これを背景にし、依然として、イギリス在住のEU市民の権利が維持されるかは不透明であることを理由にし、それを確固たるものとするという親EU派、EU残留支持政党のSNPの政治的意思を表した動議である。 この動議は拘束力のない一種の政治的決議というものであるが、上記のような僅差で否決された。 政府の移民担当相のRobert Goodwillは、動議が「万一イギリスがEUを離脱した場合」(Should the UK exit the EU)という文言に注目し、「イギリスのEU離脱は疑いがない」Brexit means Brexitという首相の発言を繰り返しつつ、EU離脱は「万一」という仮定ではなく既定方針として動かないと理解し、SNPの動議はこれに反するものとした。 すでにイギリスでは27000名余が在EUイギリス市民と在イギリスEU市民の権利を保障するように請願に署名したことが伝えられ、他方、すでにブログしたが、国民投票後離脱に備えてイギリス市民のなかに他の国家の市民権を取得するような動きが顕在化している。 私にしてみれば、SNPのこの動議は、現在それぞれのEU加盟国に在住する双方の市民にとっては、既得権益の維持の保証にすぎない。いわば、最低レベルの現状追認の動議でしかない。 実際、この議案は、EU離脱派が絶対に受け入れられないとする無条件の、将来にわたる人の自由移動の自由の確保に関わるものではないのである。 しかるに、それに保守党政権がこの動議に反対したということが重要である。労働党の動議反対者数も気になるところだ。 ちなみにこれを報じた親EUのインディペンデント紙は、珍しく、議案について個々の議員の賛否を、票を投じた下院議員の氏名をすべて明記し、報じている。すなわち紙媒体から撤退し、ネットだけの媒体になった同紙だが、明らかに動議に反対した議員らに圧力をかけているとみてよい。 私見だが、EUが確保してきた、将来にわたる無条件の人の自由移動の原則をイギリスが認めないとするEU離脱派の条件で交渉に臨めば、離脱派が一方的に望むEUの単一市場へのフリーアクセスもありえず、hard Brexitにならざるをえないということだ。 すなわちスコットランド側から見れば、底流にあるSNPのUK離脱の意思を強めるであろうし、EU側から見れば、今回の議案の動議についていえば、イギリス政府の姿勢に態度を硬化させ、イギリス政府が望むような良いとこどりは、不可能となると考えられる。 今後、イギリスの経済状況が悪化を辿る可能性が高いことを考えると、下院では特に「1972年の3共同体法」廃止時に必要とされる議決において、離脱反対が増える可能性もあり、予断を許さない。 その意味で、SNPの動議提出はイギリスのEU離脱をめぐる前哨戦というべきもので、この記事、現時点での英下院議員の動向を知る意味で、きわめて価値のある報道ということだ。 なおSNPの影響下にあるスコットランド自治政府はウエストミンスターにEU離脱は許さないとしているが、スコットランドの人口は福岡県を少ししのぐ520万余。ちなみにデンマークが570万で、中小規模の国が多いEUにあっては一国に相当する。 スコットランド自治政府(SNP政権)は同議会で63議席であり、129の定数の過半数を取っているわけではない。だが、2014年に続きイギリスからの離脱を求めて第2次の住民投票を実施する方向で、動いている。 その際の質問文が以下、明らかにされた。 The question of the referendum will be: "Should Scotland be an independent country?" 「スコットランドは独立国家か」というものである。 わが国では、イギリスのEU離脱に伴いEU解体と捉えた評論家が多いが、笑止千万である。EUは特にその核心部分であるユーロ圏19か国は、揺るがない。むしろ、UK解体の可能性(危険)が指摘されるべきなのである。 参考記事 MPs vote against protecting the EU right to live and work in the UK. Independent. 21 October 2016. MPs vote against motion protecting right of EU nationals to live and work in UK after Brexit INews. October 20th 2016. 北アイルランド高裁、EU離脱で議会承認必要ないと判断 ロイター2016年10/28. 参考ブログ 2016.10.22 Saturday 「大量出国」を生み始めた英のEU離脱
2016.10.02 Sunday 英のEU離脱に伴うEU法との整合性に関する方法提起 メイ政権 バーミンガムでの保守党大会で http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4134 2016.06.11 Saturday マッチポンプのキャメロン、反EUの火をつけて回り、挙句、消火できずに国家が大火災 EU離脱の可能性が高まる英国民投票 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4050
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