EU解体論がかまびすしいが、EUは解体しない。
60年余の統合の成果は加盟国にしっかり根を下ろしている。それゆえ、簡単には崩せないし、崩れない。
一部の周辺的な加盟国は抜けるかもしれないが、それは本体には影響しない。もしEUが解体するとすれば条件がある。
何より1952年のEU創設(当時欧州石炭鉄鋼共同体/ECSC)メンバーである独仏伊の一角が崩れる時である。そして次に同じく創設メンバーのベルギー、オランダ、ルクセンブルク、すなわちベネルクスだ。
ドイツの財務相ショイブレは、オランダが抜ける可能性に言及しているが、まずないだろう。
「英国以外のEU離脱、可能性排除すべきでない=ショイブレ独財務相」 ロイター2016年6月10日
これら創設メンバーは同時にすべてユーロ圏諸国である。
仏国民戦線のルペンの盟友、オランダ自由党のヘルト・ヴィルダースがそれを望んでも。前の通貨ギルダーに戻るなど、フランスがフランに戻るのと同様、金融、証券市場で売りたたかれる、狂気の沙汰である。
フランス・フランが、あるいはイタリアリラがユーロに置き換わるまで、どれだけ弱小通貨だったか、忘れたかである。
英は離脱できたではないか、という人に言おう。
イギリスは大国で、もともと、欧州統合に消極的であり、しかもユーロ圏でなかったゆえにそれが可能であった。実際、2大政党が労働党も含め、イギリスは欧州統合に積極的でなかった。
何より、イギリスがEU(当時EEC)加盟するのは、1973年のことである。すなわち、独、仏、伊、ベネルクスから見ると、「イギリスなきEU」を21年も経験している。それがEUとイギリスの関係である。
今年の6月23日のEU離脱を問う国民投票が行わたが、あまり知られていないが、すでに40年以上も前のEU加盟2年後の1975年に英労働党(ハロルド・ウイルソン首相)によって実施されており、第2回というべきものであった。
英離脱の影響についていえば、昨年7月では190円を付けていたポンドが、140円と、離脱直後から戻しているとはいえ、25%強の減である。離脱交渉が進めば、さらに売りたたかれるだろう。EU離脱の高いツケを払わされることは必至だ。日中の企業も含めて、イギリスに欧州本部を置く必然性が消えてしまう。緩やかながら、非合理的選択をした高いツケが来ることをイギリス政府関係者も意識し始めている。 東欧諸国でのEUの重要性はさらに高い。
欧州連邦形成に向けて意識、無意識に進むEUだが、ポーランドやハンガリーは、現政権下で、かつてのドゴールや、サッチャーの如く、主権国家からなる欧州連合への「換骨奪胎」を志向しているが、EUを離脱するとは言わない。
ロシアの脅威があるからだ。国際化された金融市場の報復という経済の怖さも理解している。
また中小加盟国では、EU離脱は、証券、金融両市場からの厳しい報復をもたらす。
ハンガリー、ポーランドについていえば、彼らがEUの連邦制とその思想を離れた国家連合に組み替えたいとする意志については上述の通り、強いものがある。
だが、EUをリードできるなどはハナから問題外である。
むしろ、EUの中核がから見れば、新規の東欧諸国は、その価値の維持という点で極めて後ろ向きで、お荷物になりつつある。ハンガリーでいえば、EUでは、人種差別的ともいえるその排他的主義的な姿勢がEUで問題になっているほどだ。
実際、ハンガリーでは、9月13日には、欧州理事会開催を控えたルクセンブルクのジャン・アセエルボーン外相は、独ウェルト紙に、難民問題でEUの価値観を「著しく侵害している」とし、ハンガリーをEUから締め出すべきだとまで述べていた。ハンガリーは、セルビアとの国境にフェンスを建設して国境を封鎖、難民を追い返しており、言論の自由や司法の独立も尊重していない。
「難民を締め出したハンガリーにEUから出て行け」ニューズウィーク日本版2016年9月14日
実際、EUはハンガリーの国民投票実施によるEUレベルでなされた合意を覆そうとする決定が断行された。すなわち、ハンガリーでは加盟国に難民受け入れの割り当てを義務付けたEUの決定を受け入れるかどうかについて国民投票が実施された。
幸いにして、10月にそれが投票総数が成立の要件を満たさず、不成立に終わっていた。
またポーランドでは、中道右派政権の法と正義党でいえば、司法への露骨な政治介入をし、それでEU法を侵しているとして、EU条約による制裁が考慮されているほどだ。
イギリス離脱で、EUの危機的側面に目が奪われている。だが、それでもEUは統合を強化している。
1つは、軍事同盟の強化。2つ目は国境管理の強化、さらには司法警察協力、特に法改正を進めているユーロポールも指摘できる。これらの面で著しい。
ここでは軍事同盟と国境管理の2点を指摘しておこう。
第1の軍事同盟強化については、独仏がそのプランを明らかにした。
NATOとの関係の重要性に重きを置くイギリスだが、それを脅かすとしてEU独自の軍事同盟強化にイギリスは反対してきた。だが、その反対を緩めつつあるとの報道だ。以下ロイターの記事。
Germany, France seek stronger EU defense after Brexit: document.Reuters Sep 12, 2016.
UK softens opposition to EU defence union EUobserver 14. Nov, 2016.
英とは無関係に同盟強化をEUの中核、独仏は進めつつある。
ついでにいえば、EUの上級代表で欧州委員会副委員長のモゲリーニは、あのトランプが大統領になる新たな時代、すなわち世界国家としての世界の警察と自負してきたその義務を放棄する危険性が高い時代と理解している。
その状況にあって、EUは「平和のスーパーパワー」になるべきと、NATOとは重複しない形での軍事的重要性を指摘している。トランプが大統領になれば、アメリカ第一主義で、自国の利益しか考えなくなると理解しているからである。
Mogherini calls EU a peace ‘superpower, in wake of Trump win.EurActiv.com with AFP 2016年11月10。
EUにとって通貨と並んで深刻な危機の要因は、移民、難民問題である。
そのカギを握るのは、ユーロ圏でいえばギリシアであり、難民問題ではトルコである。
トルコはクーデター未遂事件を機に強硬姿勢に転じ、EUがトルコに対し厳しい対応を取り始めて、EUトルコ関係は厳しい状況に置かれている。
欧州議会はトルコのEU加盟をめぐる対トルコ交渉を当面凍結するよう加盟各国などに求める決議案をストラスブールで賛成多数で可決した。具体的数字は、緑の党を含め、賛成471反対37、棄権が107。
Turkey reacts angrily to symbolic EU parliament vote on its membership The Guardian24 November 2016
軍事クーデター未遂事件後の政治的敵に対するトルコのエルドガン現政権の、弾圧というべき過剰な対応を理由とするものである。
他方、数百万規模でトルコに留め置かれているEUへの移住を希望する難民をEUに出国させると、彼らを「人質」にしたビザ・フリー協定の実施をトルコは要求している。
AFPは、このトルコの動きについて、トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが、本来はNATOと対抗する目的で結成されたはずの中ロ主導の上海協力機構(SCO)にさえ加わる可能性を示唆した、と伝えている。
「トルコとEU、関係最悪=混乱の欧州に難民危機警告−反対派弾圧許せない欧州」時事2016/11/27。
しかし国境(EU境というべきだが)管理は確実に強化されている。
10月6日、EUレベルで域外との国境警備にあたる「欧州国境・沿岸警備隊」を正式発足させた。
これは、EU加盟国の国境警備の調整を担っている欧州対外国境管理協力機関(フロンテクス)の権限や装備を強化して発足させたもので、特定の加盟国で難民らの流入が急増した場合、その国の国境警備の強化や非正規移民らの域外への送還などを助ける。
日経によれば、2016年内に少なくとも常時1500人規模の警備隊を確保、本格稼働させるというものである。EUでは、西独首相ブラントの「危機は統合を進める」という格言があるが、実際、危機の渦中でも、確実に進んでいる統合深化の側面を忘れてはならない。
「欧州国境警備隊が発足 難民対策、EU加盟国任せを転換」 日経2016/10/6
このように、最近でもEUは危機を体験しているが、EUと欧州統合にとっての、これからの厳しい政治日程を示せば以下だ。
12月4日の上下両院対等から下院優位へと政治システムを変えるイタリアの憲法改正の国民投票(その結果如何ではレンティ首相の辞任含みとなる)、同じく12月のオーストリアのやり直しとなった大統領選挙での極右候補の勝利の可能性。
年が改まれば、オランダに続いて、独仏というEUの枢軸での政治動向が見ものとなる。
5月の決選投票までのフランスの大統領選挙と、そこでのルペンの勝敗、秋のドイツ下院議会選挙の実施とそこでの極右AfDの進出状況など、注視すべき動きが多発する。
EUはそれを構成する加盟国の政治動向を受けつつ、地雷原を駆け抜けていく。