夜、友人のイギリス人のスティーブン・デイと話した後、彼と同様に、イギリスのメイ政権のEU離脱関係の演説ラジオ局のライブをリアルタイムで聴いていた。
今はネットでイギリスのラジオ局を網羅的に拾えるのだ。音質も完璧だ。とてつもない時代になっており、望めば、その恩恵をはるか世界の離れたところでも、享受できる。
イギリスとEUの関係については、6月23日の国民投票で離脱が決まり、以降、長い歳月だった。現在も進行しているのだが。
これで、イギリス側の態度がハードブレグジットと、定まった。
単一市場は、ヒト、モノ、カネ、サービスの4つの自由移動からなっており、移民制限、つまり国家主権の1つを取り戻したことになる。
しかし、4つは不可分で、イギリスはヒト、すなわち移民の管理の権限を得たことで、残りのモノ、カネ、サービスの自由アクセスも不可能になったことを意味する。
金融立国であるイギリスへのツケは大きい。製造業なども含めて大量出国エクソダスになりそうだ。すでに、投資銀行などでは、社内部署移動のレベルでロンドン本部などから、欧州大陸やダブリンにスタッフを移していることも伝えられている。
50分近い長い演説で印象に残ったことがある。at the back of the queueの表現に触れたことだ。
インディペンデント紙のフルテキストでは以下だ。
And President Elect Trump has said Britain is not “at the back of the queue” for a trade deal with the United States, the world's biggest economy, but front of the line.
http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/full-text-theresa-may-brexit-speech-global-britain-eu-european-union-latest-a7531361.htm
この表現はオマバ米大統領の言葉だ。すなわち、国民投票で両派の激しいキャンペーンのさなか、英のEU離脱を案じて、イギリスにはアメリカがついているから問題ないと煽るEU離脱派をけん制して、もし英がEUから離脱した場合、必要となる通商協定交渉では英を特別扱いしない、「列の最後尾に並んでもらう」としたものだった。
この発言、相当ショックとなっていたのだろう。
あえて、トランプを持ち出し、彼は最前列だといっている、とメイ首相はいう。
この表現、当初から保守的なイギリス人の反米意識を強めたのである。
だが、果たして平気で言を左右するあのトランプの言葉だ。そんな彼の言葉に信を置いていいのだろうか。ただでさえ、経済利益の激突というべき通商交渉では、実利が優先されるのが常だ。
まあ、EU離脱の結果がどうなるか、市場がすべてを判定するだろう。
この演説について、ドイツ外相で、早晩大統領になるシュタインマイヤーは、意味があったとすれば、より英政府の立場がはっきりしたと述べている。同感である。
実際、4つの自由のつまみ食いを許せば、EUは存在事態が危うくなる。
ハード離脱は、得策であるとは全く思わないが、それ以外に選択の余地がないということでは、論理的な帰結というべき選択だった。
またもう一つ印象に残ったのは、EU予算への言及だ。
離脱でEUへの巨額な貢献もなくなるとしたが、ノルウエー方式であれ、スイス方式であれ、EUとの自由貿易協定締結の前提として、巨額な上納金を納めていることを失念したかだ。
結局WTOという、通商協定のレベルとしては、最下限まで落ちる可能性が高い。
すなわちEU予算はイギリスに多大な見返りがあるが、WTOラインで収まるとすると、英企業は年間8千億円余といわれる関税をEU側に支払わされる。しかも、EU離脱となれば、EUのあらゆる法制に何らの発言権もなく、一方的に受け入れるだけの、文字通り従的存在になる。
関税同盟の外に立ち、EUの単一市場から出ることで、英語の圧倒的重要性から、科学技術、大学に至るまで、自国がどれほどの恩恵と受益をEUから得ていたことをイギリスは知ることになるだろう。
実際、宇宙物理学者のホーキング博士は「科学にとって大打撃になる」と語っていたほどである。
児玉昌己「EU離脱の衝撃ー連邦的統合深化を拒否した英国」『海外事情』2016.9月号
EU加盟国の政府国民はすべてEU離脱が何を意味するのか、イギリスを通して理解しつつあるともいえる。
ともあれ、メイの個性を反映したものか、EU残留派だったこともあってか、分裂した国民を一体化させるほどの、心を打つほど強い演説ではなかった。
ともあれ、EU離脱が不可逆的なものとなった。
EU離脱に関する政府の権限と、議会の権限の関係に関する最高裁判決が今月下旬出てくるだろうが、それと直結する議会の関与がどうなるのか、最大限注目されるところだ。
英はEU離脱で復活するとする見方がある。また現在、顕著な変化がないとする見方もある。実際、ポンドは少し上昇し、証券は下がった。
だが、能天気なイギリス経済復活論者については、以下、いっておこう。
まだ法的にも実際的にも、イギリスはEUの正式加盟国のままである。EU条約50条は発動の条件であるイギリス側からの通告もなされていない。
それゆえ、大きな変化がなくて、当たり前だ。それでも、6月の国民投票以前の段階のポンドからは大幅に下げているのである。
しかも、ポンド防衛にイングランド銀行と政府は必至である。
国内ではインフレがすでに始まっているが、早晩すさまじいものとなるだろう。それはEU離脱を進めた勢力、すなわちファラージュやボリス・ジョンソンらへの怨嗟の声となって、こだますだろう。そう私はみている。
もっとも、最大の責任は、金持ちの偏差値秀才の「バカ殿」というべきキャメロン前首相だろう。
EUへの強硬姿勢を続け、離脱の場合の事前の準備もなく、国民投票というばくちを対EU政治に持ち込み、国家を分裂させ、キャンペーンでは一転残留を呼び掛け、政治不信を広げた。そして、結果が離脱となれば、早々に前言を翻し、後任にツケを丸投げし、無責任にも政治家さえやめてしまった。
現在は、執筆活動し巨額な利得を得るというこの指導者こそ、国家を傾かせた本人だと思っている。
参考ブログ
2016.02.28 Sunday英のEU離脱 個人的には賛成である(最大の皮肉を込めて)
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3985
2016.04.24 Sunday オバマのEU離脱派牽制の英訪問
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4023
2016.06.11 Saturday マッチポンプのキャメロン、反EUの火をつけて回り、挙句、消火できずに国家が大火災 EU離脱の可能性が高まる英国民投票
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4050