2017.02.28 Tuesday
関心高まる仏大統領選挙 エマニュエル・マクロンへの期待
政治学者はストレスがかかる職業だ、と書いた。 他方、政治学者は、自身が職業としている対象が政治権力ということで、その頂点を争う政治権力の重要性を知っているがゆえに、そのフォローは同時に楽しくもある。 対象と距離を置きつつ「それでもなお(dennoch)熱情をもって」と『職業としての政治』で書いたのは、あの有名なドイツ人社会科学者マックス・ウェーバーだ。 ちなみに同書を訳したのが故脇圭平。人ぞ知る丸山真男の愛弟子で、トマス・マン、ウェーバーなどドイツ現代思想史の研究者である。同志社時代に先生に末席で政治思想の手ほどきを受けた。 今日はドイツではなく、フランスの大統領選挙について書こう。 欧州はこの2017年はスーパー選挙年だ。オランダの総選挙が2週間後の3月15日、フランスは4、5月に大統領選挙だ。5月が決選投票。9月下旬がドイツの総選挙。 仏大統領選は、私が専門とするEUの将来がかかっていることもあり、きわめて重要な選挙である。 極右国民戦線のマリーヌ・ルペンの決選投票進出がほぼ動かない。 ではだれが1位か2位になり、決選投票で、彼女の当選の可能性を突き崩すかということだ。 私的なことを言えば、フランスのこの大統領決選投票は、EUにとって極めて重要な選挙となるので、現場主義者としてできる限り現場にいたいということで、5月5日にパリ入りして、これを取材する準備を進めている。 幸い今日のブログの主人公で、大統領有力候補となってきたマクロンの母校でもあるパリ政治学院の教授クリスチャン・ルケンヌ(欧州大学院大学同級生)がいつものように、自宅に泊まっていけと言ってくれ、厚意に甘えることにしている。この間常時意見交換とブレーンストーミングである。 最有力候補で、楽勝かと考えられていた野党・共和党の統一候補、フランソワ・フィヨン(Francois Fillon)が、妻女の公金流用疑惑で、途端に失速をはじめた。 他方、ルペンも国民戦線の本部ビルが司直の捜索を受け、秘書とガードマンが拘束され、取り調べを受けている。 ナント市では国民戦線の支持者が、本部ビル捜索に反発し、暴動を起こし、機動隊と激しくぶつかっている。ルペンは政治捜査だと反発を強めている。 そうした事態を受けて、保守傾向の当のフィヨンは、民主主義の平和裏の実践の条件を作り出すことに首相とその政府は失敗していることを非難すると、26日にコメントした。 しかしである。 これは考えてみると、身から出た錆ではないか。大統領選に出るにあたり、妻女に司直の手が入るとは、自らの不明の致すところで はないか。 ルペンについては欧州議会で自らが、作り出した不正である。 欧州議会の予算はEUのために支出されるべきものだが、一度もブリュッセルに行って仕事をしたことがないものにたいして、EU予算で賄うなど、まさに不正流用だ。 ただし、EUにはまだ警察権限はない。いずれはFBIに相当するEU連邦警察の発足もあると思われるが、現在は共通逮捕状の整備など、情報交換を主とする司法警察協力が精いっぱいだ。それゆえ、加盟国であるフランスの司法警察に情報を渡して、捜査を依頼している。 ルペンに限らず、とにかく極右といわれる者たちの政治行動は不正にまみれている。 3月15日に総選挙を迎えるオランダ自由党のヴィルダースもモロッコ系住民に差別発言を公然となし、有罪判決を受けている。 ファラージュ辞任後UKIPの党首となったポール・ナタルも同様だ。 彼は、最もEU離脱支持票実に69%という選挙区 Stoke-on-Trent Central を選んで、先の補欠選挙を戦ったが、労働党候補に敗れた。日経に、EU離脱キャンペーンに成功したUKIPの役割について問われ「終わりの始まり」とコメントした(2016.11.20)。 この党、EU離脱の単一争点政党がゆえに、目的を達して、まさに終わりが始まったといえる。 この反EU政党の党首ナタルは、補欠選挙キャンペーンを通して、博士号取得についても学歴詐称が暴露され、あるいは選挙区にあるとされる居住地についても、その実態がないことが明らかになっている。 ハンナ・アーレントも使用したbanalitiesという言葉が彼らにはふさわしい。 デマゴーグというべき大西洋をまたいだ極右の台頭については、「富者のファシズム」というProject Syndicate上(2015.12.)での論考で「白人世界の終焉への恐怖」を反映しているといったのは、フィッシャー元独外相だ。 フランスでは、これに対抗する政治家として、若干39歳のマクロンが急浮上している。 彼はパリ政治学院、ENAとフランスのエリート中のエリートが学ぶ学校に在籍していた。 その後、彼はロスチャイルド投資銀行からオランド大統領の経済・産業・デジタル相となったが、政治家を経験したことがない。 仏社会党を出て、独自に自己の政治組織アン・マルシュ(En Marche英語でmarching forward)を立ち上げ、支持派は仏全土に広がり、会員は19万人を超える。 このブログでも紹介したが、彼はEUに欧州の未来を見る数少ない政治家である。ロシアメディアがマクロンに関して、フェイクニュースを流しているということが明らかになっているが、ロシアと、ロシアから政治資金を受領しているとも噂されるルペンが、彼を脅威に思っている証である。 私はEU研究者だが、より厳密にいうと、国民戦線のマリーヌ・ルペンの事務所捜索の発端となったEUの議会である欧州議会を専門とする研究者である。 欧州議会といえば、1979年にそれまでの国会議員が兼任する選挙制度を改め、直接選挙となった。 だが、選挙区が加盟国を単位として争われるため、国内政治の延長、すなわち現内閣の信任投票の形で争われ、国民議会選挙の延長であり、secondary national electionsと呼ばれている。 それにより、争点も明確化せず、欧州議会とEUの正統性を損なうという批判にさらされてきた。 イギリスがEUを離脱することで浮くイギリス配分の73議席を活用し、マクロンは、この制度を改め、単一欧州選挙区の採用を主張している。 すなわち、欧州の政治を直接全欧州レベルで知名度のある候補者を比例リストに搭載し、それで競わせ、選出させるものでもある。 すなわちEUの連邦主義的統合論者であるアンドリュー・ダフ(前欧州議会議員欧州自民)などが唱える革命的制度変更だ。 マクロンについては、経済政策で明確でないと批判されていたが、北欧型の経済制度をとるべきと主張している。 大統領選も近づき、セントリストの政治家フランソワ・バイルFrançois Bayrouも支持を表明した。また、左派のコーン・バンディットも同様である。ただし、5日前にはフィオンがマクロンを突き放したというブルームバーグが紹介した世論調査もあり、事態は混とんとしている。 いずれにせよ、政治権力を扱う政治学者はイデオロギー的に無色透明、中立などと簡単に言うわけにはいかない。 「私は中立」などと口にするのがいるが、こうした手合いこそ、主義も主張も理念もなく、ころころとその時々に蝙蝠みたいに意見を変える輩で、要注意である。 排外主義イデオロギーに満ちた極右政治家の台頭をみるにつけ、マクロンに期待が膨らむこのころである。 アンマルシュ運動ついては以下 https://en-marche.fr/le-mouvement 参考記事 当局が極右政党・国民戦線本部を家宅捜索毎日新聞2017年2月21日 Macron jumps in French polls as rivals marred by legal woesEurActiv.com with AFP 2017年2月27日 フィヨン氏がマクロン氏逆転、ルペン氏決選投票支持上昇−仏大統領選 Bloomberg 2017年2月22日 参考論文 拙稿「欧州議会選挙法改正と欧州議会の対応 : 1998年欧州議会選挙法案とEUの代表民主主義」長崎純心大学人文学部紀要1999第5 Joschka Fischer, The Fascism of the Affluent. DEC 28, 2015 Project syndicate 参考ブログ 2016.11.12 Saturday トランプ大統領登場とEUと加盟国への影響 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4151
|