2017.03.31 Friday
ついに3月29日イギリスEU離脱の意思を欧州理事会に通告 次はgreat repeal bill
2017年3月29日イギリスのEU離脱の意思を通告した。 メイ首相が議会の承認を得て、EU離脱の通告を条リスボン約の50条の手続に従い、駐EU英大使ティム・バロー卿(52)が、EUの欧州理事会常任議長ドナルド・トゥスクに手渡した。 昨年6月23日の国民投票から9か月。ようやくこの日を迎えたということだ。 利害関係者の中には、主観的願望をこめて、EU離脱を引き延ばし、それを不能にすることを主張するギデオン・ラフマンのようなフィナンシャル・タイムズの記者もいた。 実際、彼は反ユーロの無責任な記事を書き続け、反EUをあおりつつ、国民投票で結果が出ても、「イギリスのEU離脱は起きないだろうと考える」とするほど、的外れの不見識な感想を述べていた。 それについては、ブルームバーグのClive Crookが以下書いている。 The Financial Times's Gideon Rachman says he thinks Brexit won't happen. The referendum result doesn't mean that much, he argues.June 29, 2016 イギリスメディアについていえば、EUにたいする「懐疑」を超えた、反EU的傲慢さに満ちていた。 実際、フィナンシャル・タイムズやBBCを含むイギリスのメディアの反EU的性向については、私も異様だと思い、昨年7月にもブログで指摘してきた。それを紹介すれば、以下だ。 BBCの「偏向」報道については、スイスのメディア調査機関Tenorが報じたもので、ニューズウィークやガーディアンなどもこれを報じていた。ガーディアンは、国民投票の政治キャンペーンが過熱していくさなかの4月21日、以下の見出しで伝えている。「BBCの報道はプーチンを扱う記事以上にEUについてはネガティブであった」と。 BBC's EU reporting 'more negative than its Putin coverage' The Guardian, 21 April 2016. リスボン条約50条のEU離脱の手続に戻っていえば、国民投票による国民の意思の表明は政治的重要性を持っており、国民投票の法律上の問題という事態を超えて、政治の問題と化していた。 それがゆえに、英保守党優位の下院では、上院や野党の修正要求をはねつけ、ほぼ無傷でわずかな条文からなるEU離脱法を可決し、それを3月16日、女王陛下の裁可を受けたのである。以下が法で、その制定過程のサイトである。 European Union (Notification of Withdrawal) Act 2017 http://services.parliament.uk/bills/2016-17/europeanunionnotificationofwithdrawal.html この法Actをもとに、メイ首相が作成した通告の文書をイギリス政府を代表し、3月29日付でドナルド・トゥスク欧州理事会議長あてに通告したのである。文書名は以下。メイ首相の署名が鮮やかである。 Article 50 notification letter from the United Kingdom もっとも、EUへ提出した通告文書については、安保協力を、離脱に伴い必要となる英EU間の協定に結びつけるような文言があり、EU側、例えば、EU離脱交渉の欧州議会の責任者フェルホフシュタット(ベルギー元首相)をこれは「脅迫」だと怒らせている。 Brexit negotiator Guy Verhofstadt attacks Theresa May's 'threat' to weaken EU security commitments Independent 29 March 2017. 今後のことで言えば、全会一致で継続をEU側が合意しない限り、EU側とのEU離脱交渉は、最大2年で、必要となるFTA協定など、両者間に条約締結が出来ようが出来まいが、その時点で、離脱交渉は打ち切りとなる。 つまりイギリスは関税同盟と単一市場から完全に分離される。より強い言葉を使えば、EUの広大な無関税の単一市場から排除される。 すなわち若干の延期の可能性を残しつつも、それは2019年3月のこととなる。 2017年、すなわち今年は欧州では重要な選挙年でそれが語られる。実際、そうなのだが、2019年を語る人はあまりいない。この年の5月には、欧州議会選挙が始まる。 そこでは27カ国が、全欧規模で欧州議会の議員を選出することで盛り上がる。他方で、イギリスは具体的に完全にEUの蚊帳の外に置かれ、EUとの疎外感を、朝野を問わず、現実的に深くすることだろう。 離脱協議では7兆円といわれる手切れ金(EUへのイギリスの分担金未納分の支払い交渉)は大問題となろう。史上最大の離婚費用といわれるゆえんである。 ところで、イギリスのEU離脱は、いかなるインパクトをEUに与えるのだろうか。 私見だが、EUにおける欧州極右の勢力を大きく削減すると考えている。 すでに日経新聞(2016年11月20日)で瀬能論説委員に請われて私がコメントし、その記事が掲載されている。 実際、欧州議会内の極右勢力が形成している反EUやEU懐疑主義者の統一会派であるEFDD(UKIPを中核)や、ECR(英保守党が中核)がイギリスの離脱で消滅、もしくは離合集散することになるからである。 欧州議会こそ、極右勢力、反EU勢力が得票に応じた議席を得、その正当性と正統性を通してそれぞれの国内とEUレベルで発言権を得ていたのである。 実際、英保守党や英独立党(UKIP)は一貫してEUを非民主主義と非難してきた。しかしながら、状況は全く違っていた。 選挙制度でいえば、イギリスが反民主的であり、EUの欧州議会ほど民主的な機関はなかった。 実際、UKIPのように、小選挙区で13%とっても、票が議席に結びつかず、英下院に1議席もないような状況にあった。反民主主義的であったのは、EUの議会である欧州議会ではなく、イギリスの方であった。 国内の選挙制度である小選挙区制度で、膨大な死票を出しつつ排除され、挙句泡沫政党となっていたUKIPに正当な議席を確保させたのは、ほかでもない比例代表制に立つ欧州議会であった。 そしてこうした反EU勢力のEUからの離脱は欧州議会からの離脱ともなるのだ。必然的に残りのルペンの仏国民戦線などEU懐疑派や反EU勢力には大きな打撃となる。 今後は、イギリスでは、膨大なEU法の司法管轄権限をイギリスに移行させる作業が必要となり、EU法との整合性をとる「大破棄/廃止法案」(Great Rpeal Bill)の制定に移る。 この法案の目的は、「1972年の欧州3共同体法」The European Communities Act 1972)を破棄し、EUの司法管轄権をイギリスに移す法案である。 EU加盟に際してEU法の優位性を認めさせEU加盟の法的条件をクリアさせたのが、この「1972年の欧州3共同体法」であった。新聞では「欧州共同体法」とされているが、現文にあるように、正確には、複数であり、この複数は、当時存在していた欧州石炭鉄鋼共同体、欧州経済共同体、欧州原子力共同体の3つを指すものであった。 EU離脱を法的に完遂するには、「1972年の欧州3共同体法」の「破棄」(repeal)が必要となる。 その法案が 「大破棄案」である。なにより、加盟国法が順守すべきEU法は、法令集にして数万頁をはるかに超えるものである。 「大破棄法案」の論理と中身は、イギリスがEU取り結んだEU法をいったんすべて受け入れ、まずイギリス法とし、司法管轄権をEUの欧州司法裁判所からイギリスの最高裁に移し、その後、不要と英政府が考える個別の、イギリス法となるEU法について、その廃棄、修正、継続をしていくというものである。 それゆえ、現地の識者の間では、“great continuity bill”と呼ぶのがふさわしいともいわれている。 ちなみに、この法案は、一連の憲法付属の法というべき性格を持っている。すなわち、それは二次立法にもかかわらず、イギリスの政府に絶対王朝のヘンリー八世時下の法のごとく、行政府にフリーハンドをそれが与える性格を持つ。 そしてそれがゆえに、「ヘンリー8世」法ともあだ名され、議会の承認権限を貶めるとして、労働党など警戒している。 ただし、イギリスがEU加盟国として受諾してきたEU法についていえば、2年間は、未だ離脱についてEUは英と交渉過程であり、EUの欧州司法裁判所の司法管轄権は維持されると考えるのが常識である。 それゆえ、イギリスが完全にEUから離脱するまでの2年間は、EU法を無視して、勝手に他国との条約を締結することは不可能となる。 ともあれ、ある加盟国がEU離脱する過程は、EU史上初めてのことであり、加盟国、EU双方にとって初体験である。 それゆえ、EUから離脱することが何を意味するのか、離脱する側にいったい何が起きるのか、それを我々は、そして加盟するすべての国は学ぶことになる。すなわち新たな学習過程の始まりである。 ともあれ、このブログで何度も書いているように、イギリスの将来はファラージュなどのデマゴーグの願望とは違い、そして必死になって将来を明るく描こうとしている。 ちなみに29日のEU離脱の通告を受けた翌30日、デイリーメイル紙は彼の写真とコメントを一面に掲げている。 そこで、偉大なイギリスの将来に乾杯(Cheers to a Great British Future!) などと語っている。だが、まったく絶望的にも暗い。 実際、すでにポンドの下落にともなうインフレの予兆がある。 創業1688年という世界的再保険組合のロイズに見られるように、イギリスからの企業の脱出が始まりつつある。 ちなみに朝日の特派員は「英ロイズ、ベルギーに子会社」と子会社と過小評価するような見出しをとっている。 だが、経済ネット情報のブルームバーグはストレートに、「ロンドンのロイズ、本社を移す」と書いている。 Lloyd’s of London Picks Brussels for Post-Brexit EU Headquarters 予測されたこととはいえ、イギリスの実業界には相当の衝撃だろう。何よりロイズは世界の再保険を預かることで、7つの海を支配した海運国家イギリスそのものであったのだから。しかも離脱の後のイギリスはわずか人口6.3千万。方やEUは4.7億人なのである。 ともあれ、EU研究者の私としては、イギリスの離脱が確定したことで、今後イギリスの政治動向を欧州統合の研究から除外できることで、ずいぶん気分は楽になる。 イギリスはサッチャー以降、より限定して言えば、特にキャメロン以降、基本的に欧州統合推進勢力から見て、一貫して障害物であったからだ。 例えば、キャメロン前首相はEU改革を声高に唱えていた。が、実のところ、イギリスにとってその利益を擁護するためだけの「改革」でしかなかった。彼はあからさまに「EUとその機関に何等のロマンティクな愛着もない」と、以下、首相としては彼の最後となる2015年の保守党大会で語っていたほどだ。 Believe me, I have no romantic attachment to the European Union and its institutions. I’m only interested in two things: Britain’s prosperity and Britain’s influence. https://blogs.spectator.co.uk/2015/10/full-text-david-camerons-2015-conservative-conference-speech/ ともあれ、EUの研究者としては、それでもイギリスの影響は大きいがゆえに、キャメロンのいう「EU改革」とやらを、仕方なくフォローせざるを得なかったのである。 EU統合は独仏主導で1952の欧州石炭鉄鋼共同体創設で始まった。 EEC創設から今年は60年である。 国家主権を主張し、EUの連邦的統合深化に反対してきたイギリスが去って、本来的にEUが持つ、原加盟国の独仏伊ベネルクスの論理が再度重要となる。 遠藤乾の様に、「統合の終焉」やEU解体などと的外れをいうものが多かったが、スコットランドの分離独立なども展望するイギリス解体の始まりも含む、イギリスにとっては国家解体の可能性も秘めた新たな政治過程であるといえる。 欧州統合の深化にとっての主要な抵抗勢力のイギリスが離脱することで、EU統合をさらに進む。それを忘れてはならない。 最後に、就任式を控えたトランプは、1月15日ロイター電で軽薄さ丸出しで、「EU離脱はすごい結果を生むことになり、他国もイギリスに続く」と語った。原文を示せば以下である。 U.S. President-elect Donald Trump said that Brexit would turn out to be a great thing and other countries would follow Britain out of the European Union. だが、トランプがいうような、イギリスに続いてEU離脱するそんな「自殺的」(大分大スティーブン・デイ教授)な国家など、EU加盟国にありはしない。EUはなんであれ、27の加盟国にとって不離不即の関係になっている。 それにもかかわらず上述のトランプの言葉だ。 EUにたいするまともな認識など全くない素人政治家トランプの頭脳のレベルを例示して、笑える。 参考記事 ロイズ・オブ・ロンドンのEU本部、ブリュッセルに−英離脱受けブルームバーグ 2017年3月30日 Trump says Brexit to be 'a great thing', wants quick trade deal with UK. Reuters. Jan 15, 2017. Great Repeal Bill will create sweeping powers to replace EU laws after Brexit, David Davis vows.The Telegraph 30 March 2017. 'Great repeal bill' offers little detail and even less security. The Guardian 30 March 2017. 参考ブログ 2016.10.02 Sunday 英のEU離脱に伴うEU法との整合性に関する方法提起 メイ政権 バーミンガムでの保守党大会で http://masami-kodama.jugem.jp/?day=20161002 2016.07.11 Monday 英EU離脱についてのタブロイド・メディアの責任
2014.06.06 Friday EU懐疑派を代表するギデオン・ラクマン(Gideon Rachman)のFT記事を批判する 上下 彼の言う「欧州の民主主義を救え」は「イギリスの保守党の言う民主主義を救え」ということ http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3681 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3682 2017.02.26 Sunday金融、財政面から確実に進むEUの統合深化とEU統合の2スピード化の加速 上中下 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4205 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4202 http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4203 2016.06.24 Friday EU離脱でこれからイギリスに起きること http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=4063
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